服も、文字も、しぐさも、果ては国家の観光戦略までもが、ひとつの形容詞に吸い寄せられていく。かわいい。小さく、幼く、守ってやりたくなるものに向けられるこの感情は、日本語の枠を超えて kawaii という国際語になった。だがその柔らかな響きの内側には、保護欲と欲望が分かちがたく溶け合っている。
かわいい(可愛い)とは、小ささ・幼さ・無垢さ・弱さに対して向けられる愛着の感情、およびその対象を形容する語である。日本の美意識を代表する概念のひとつで、1970 年代以降に少女文化を起点として社会全体へ広がり、現在では英語をはじめ各国語に kawaii として借用されている。
概要
かわいいの中核には、対象の「小ささ」「未成熟さ」「無防備さ」がある。子供、小動物、丸みを帯びた造形、たどたどしいしぐさといったものが典型的に「かわいい」とされる。これらに共通するのは、見る側に庇護欲・愛着を喚起する性質である。美しさ(美)が距離をともなう崇高さを帯びるのに対し、かわいさは対象を自分の手の届く範囲に引き寄せ、慈しもうとする感情を呼び起こす。
かわいいの対象範囲は時代とともに拡大を続けた。当初は子供や小動物に向けられていた語が、ファッション、文字(丸文字)、キャラクター、若い女性、さらには成人男性やものの状態にまで適用されるようになり、現代日本語では肯定的評価のほぼ全域をカバーする万能語と化している。
語史
かわいいの語源は「かはゆし」に遡る。これはさらに古い「かほはゆし(顔映ゆし)」、すなわち「見るにしのびない、いたわしい」という同情・憐憫の感情を表す語に由来するとされる。つまりかわいいの源流には、弱く守るべきものへの哀れみの情があった。
平安期の『枕草子』が「うつくしきもの」の段で挙げる、雀の子・幼児・小さなものへの愛着は、後のかわいいに通じる感性の古層を示している。語義は時代を経て、憐れみから愛着・好ましさへと重心を移し、近世・近代を通じて現代的な「かわいい」へと変化した。
戦後文化での展開
現代的なかわいい文化が爆発的に広がったのは 1970 年代である。少女たちのあいだで流行した丸文字(変体少女文字)、サンリオに代表されるキャラクターグッズ、少女漫画の美学が、かわいいを若者文化の中心的な価値へと押し上げた。1980 年代以降は、ぶりっこ(ぶりっ子)に象徴される「かわいさを演じる」振る舞いや、アイドル文化、その後の萌え文化と結びつき、かわいいはサブカルチャー全般を貫く美意識となった。
2000 年代以降、かわいいは輸出される文化となる。アニメ・キャラクター・ファッションの国際的流通を通じて kawaii の語が各国に広まり、日本のポップカルチャー外交の旗印にも使われた。今日では特定の造形様式や美意識を指す国際的な語彙として定着している。
性的文脈での「かわいい」
かわいいは本来、性的欲望とは距離を置いた、無垢さへの愛着の感情である。だが成人向け表現の領域では、この「無垢さへの愛着」と性的欲望が結びついた独特の消費が成立してきた。美少女を中心とする創作物では、かわいさ=守ってやりたい無防備さが、そのまま欲望の対象として機能する。保護欲と支配欲、慈しみと所有欲が同じ対象の上で重なり合う構造である。
この重なりは、かわいいという概念が抱える両義性を露わにする。弱さ・幼さ・無防備さを愛でる感性は、対象を「守るべきもの」とすると同時に「思いどおりにできるもの」とも見なしうる。ぶりっ子のように、かわいさを意図的に演出して相手の庇護欲を引き出す振る舞いは、その力学を当事者が逆手に取った例といえる。なお、幼さへの愛着が現実の児童に向かう場合は厳に区別されるべき問題であり、かわいいの美意識はあくまで創作物・成人を対象とした記号の領域で論じられる。
関連項目
最終更新
参考文献
- 『かわいい論』 ちくま新書 (2006)
- 『枕草子』 — 「うつくしきもの」の段
- 『Pink Globalization: Hello Kitty's Trek across the Pacific』 Duke University Press (2013)
別名
- カワイイ
- 可愛い
- kawaii