自分の部屋に積み上がった円盤の山、誰にも見せない蒐集の悦び、好きなものを語りだすと止まらない口。社会から奇異の目で見られ、やがて世界中で誇らしげに名乗られるようになった、この国独特の人種がいる。
おたく(おたく)とは、アニメ・漫画・ゲーム・アイドル等の趣味分野に深く傾倒し、専門的な知識や蒐集に没頭する人々を指す呼称である。元来は蔑称として生まれたが、半世紀近い時間のなかで自称・誇称へと意味を反転させ、現在では日本のポップカルチャーを象徴する国際語「otaku」として通用するに至った。
語源
「おたく」という呼称の起点は、1983 年にコラムニストの中森明夫が雑誌『漫画ブリッコ』(セルフ出版)に連載した「『おたく』の研究」にある。中森は、アニメファンや同人誌即売会の参加者、鉄道趣味者らが互いを二人称代名詞「お宅」で呼び合う習慣に着目し、彼らの様態を揶揄する蔑称としてこの語を用いた。当時の編集長は大塚英志で、読者からの反発を受けて連載は短期間で打ち切られた経緯を持つ 要出典。この命名は、特定集団を外部から名指して類型化する行為であり、当初から差別的な含意を帯びていた。
スティグマ化
「おたく」という語が全国的に流布し、決定的に負のイメージを刻印されたのは 1989 年である。同年に逮捕された連続幼女誘拐殺人事件の被疑者の自室に大量のビデオテープが積み上げられていたこと、アニメ誌の購読や同人誌即売会への参加歴がメディアで大きく報じられたことから、「おたく」は猟奇的犯罪と結びつけられて語られるようになった。この報道を通じて、アニメ・漫画趣味そのものに対する社会的なネガティブ・ステレオタイプが形成された。
以後しばらくの間、「おたく」は「暗い」「不潔」「コミュニケーション不全」といった偏見と不可分の語として機能し、当事者は趣味を公言することをためらう空気が長く続いた。
国際化と意味の反転
1990 年代後半以降、日本のアニメ・ゲームが海外で本格的に受容されると、状況は変化した。英語圏では「otaku」が、日本のポップカルチャーに熱中するファンの自称として肯定的に用いられ始めた。国内でも、岡田斗司夫らによる「オタク」の積極的な再定義、東浩紀『動物化するポストモダン』(2001 年)に代表される批評的言説の蓄積を経て、消費文化の最前線を担う存在として位置づけ直されていった。
2000 年代には電車男ブームやアキバ系文化の可視化により、「おたく」はサブカルチャー市場の中核的な消費者層として商業的にも認知された。現在では、政府主導の「クールジャパン」政策の文脈でも参照される、価値中立的ないし肯定的な語へと反転している。
性文化との接点
おたく文化は、その出発点から性的表象と密接な関係を持ってきた。同人誌即売会では成人向け創作が一大ジャンルを形成し、美少女ゲーム(エロゲ)はおたく文化を支える基幹メディアの一つとして発展した。斎藤環『戦闘美少女の精神分析』(2000 年)は、おたく的な欲望が虚構のキャラクターへ向かう構造を精神分析的に論じ、性的対象としての二次元キャラクターという主題を学術的議論の俎上に載せた。
コスプレ・フィギュア蒐集・キャラクターへの愛着(萌え)といった実践は、性的なものと非性的なものの境界を横断しながら、おたく文化の身体的・物質的な広がりを形づくっている。
虚構のキャラクターに性的欲望を向けるという、おたく文化に固有のあり方は、生身の他者を介さない欲望の形として議論の対象となってきた。これを現実の関係からの逃避と見る批判もあれば、欲望の対象を自由に設計できる新しい形態と捉える肯定もある。いずれにせよ、性的表象とおたく文化は出発点から分かちがたく結びついており、両者を切り離して論じることはできない。
表記とニュアンス
「おたく」「オタク」「ヲタク」と、表記によって含意が微妙に異なる点も特徴である。平仮名の「おたく」は中森による命名当初の文脈を、片仮名の「オタク」はやや中立的・一般的な用法を、「ヲタク」はネット発の自嘲・親愛を込めた用法を帯びることが多い。略して「ヲタ」とも記され、「アニヲタ」「ドルヲタ」のように対象分野を冠して細分化される。
近年では特定分野への没頭を肯定的に表す「推し」文化と接続し、「おたく」であることはむしろ熱意の証として語られる場面が増えた。蔑称として生まれた語が、半世紀を経て熱中という価値を担う語へと変わったこの軌跡は、サブカルチャーの社会的位置づけの変遷そのものを映している。
関連項目
最終更新
参考文献
- 『戦闘美少女の精神分析』 太田出版 (2000)
- 『動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会』 講談社現代新書 (2001)
- 『「おたく」の精神史―一九八〇年代論』 講談社現代新書 (2004)
別名
- otaku
- オタク
- ヲタク