1981 年、神田神保町の小さな書店の店先に、若い男たちが立ち並ぶ光景があった。手に取るのは透明なビニール袋に密封された薄い写真集である。表紙の女性は微笑んでいるが、ビニールに密封されているため店頭で中身を確認することはできない。値段は 1 冊 1,000 円から 2,000 円ほど、月給の数十分の一の額。客は表紙だけを頼りに購入し、家に帰ってビニールを破ってようやく中身を知る。書店主は「中身を知らずに売っていた」と建前を保ち、客は「中身を確認せずに買った」事実によって露悪的な内容にも言い訳を持ち得た。透明な薄い膜が、買い手と売り手の双方に微妙な口実を与えた、戦後日本の特異な性流通形態が、ここに最盛期を迎えていた。
ビニ本(びにぼん)とは、1970 年代後半から 1980 年代前半にかけて流行した、透明ビニールで密封された成人向け写真集の総称である。「ビニール本」の略で、書店店頭で密封されたまま販売される独特の流通形態を取った。本項では起源、流通形態、ブーム期、主要出版社、取締り、自販機本との関係、衰退と文化史的意義を扱う。
起源
ビニ本の系譜は、1960 年代末から 1970 年代前半にかけて流通した「グラフ誌」と呼ばれるエロ雑誌に遡る。当初は海外輸入のポルノ写真誌が大人のおもちゃ屋・通販を経由して流通したが、徐々に日本人モデルを起用した国産写真集へと中心が移っていった。
転機となったのは、1970 年代末の神田神保町・芳賀書店である。同店が立ち読み防止策として写真集を透明ビニールで包装し始めたところ、「中身が見えないからこそ過激なものを期待して買う」消費構造が成立した。1979 年、芳賀書店はビニ本専門の支店を開設し、これが他書店への波及を促す起点となった。
ビニ本という形態が成立する背景には、戦後日本の出版法制と書店流通の特殊な構造があった。書店は出版取次を介して書籍を仕入れるのが原則だが、ビニ本は取次を経由せず、出版社と書店が直接取引する独立流通経路を構築した。この経路は「特価本」(ゾッキ本)の流通網を流用したもので、新刊として店頭に並ぶ短期間を経た後は古書店へ廉価で流入する循環構造を持っていた。
流通形態と「中身を知らない」 建前
ビニ本の最大の特徴は、書店店頭で密封されたまま販売される点にある。この包装は単なる立ち読み防止ではなく、流通上の建前を成立させる装置として機能した。
書店側は「中身が密封されていて知らなかった」と主張することで、わいせつ図画陳列の故意を否認できる立場を確保した。客側もまた、「中身を確認せず買った」事実によって、購入行為の意味を曖昧化できた。出版社側は、店頭で内容確認できないことを逆手に取って、当時の青年誌では流通しえない過激な表現を盛り込んだ。
包装は単純な透明ビニールだけでなく、後述するように透ける素材を用いた「ベール本」、表紙にカバーをかけた「カバー本」など、視覚的露出と隠蔽の組み合わせを巡る工夫が次々と開発された。
ブーム期(1979–1982)
1979 年から 1982 年にかけて、ビニ本は爆発的な流通量を記録した。専門書店の開設、新興出版社の参入、印刷・包装業の周辺産業の整備が連鎖的に進み、最盛期の 1981 年前後には新刊が月 120 タイトルを超えたと業界資料に記録されている要出典。
主要出版社として、英知出版、セルフ出版、海王社、サン出版、白夜書房、辰巳出版、コア出版などが名を連ねた。多くは中堅出版社・新興出版社で、大手出版社は名義上の関与を避ける形で参入した。価格帯は 1 冊 1,000 円から 2,000 円程度で、青年誌の数倍の単価ながら、読者層は連続購入を惜しまない熱意を見せた。
1980 年には「スケパン」と称される、透けて見える下着を撮影する技術が開発され、ヘアの直接撮影を回避しつつ視覚的露出を最大化する手法が定着した。続く 1983 年には「ベール本」、すなわち薄絹・透ける素材を被写体にあてがう撮影技法が登場し、ビニ本第二次ブームを形成した。
取締り
ビニ本の急速な普及は、警察当局のわいせつ図画取締りの主要対象となった。1980 年、芳賀書店幹部が刑法 175 条わいせつ図画頒布の容疑で逮捕され、これが業界全体への取締り強化の起点となった。1981 年から 1982 年にかけて、警視庁・各道府県警察によるビニ本出版社・書店の摘発が連続的に行われ、ビニ本第一次ブームは事実上終息した。
特に 1981 年 11 月、警視庁は東京都内の主要ビニ本出版社・書店に大規模な家宅捜索を行い、数十社・数百タイトルが押収される事態となった要出典。この大量摘発を契機に、業界は「ベール本」「カバー本」など警察取締りの裁量範囲を回避する新形態の開発に注力した。
1985 年の新「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(風営法)施行は、決定的な打撃となった。同法は性風俗特殊営業の包括的規制枠組を整備し、書店でのビニ本販売も実質的に困難化した。各都道府県の青少年保護育成条例の強化も同時並行で進み、ビニ本の店頭販売は急速に縮小した。
自販機本との関係
ビニ本と並行して 1970 年代末から 1980 年代前半に隆盛したのが、自販機本(自動販売機専売の成人雑誌)である。両者は流通経路を異にしつつ、相互補完的に成人向け出版市場を形成した。
ビニ本は書店店頭での対面販売を経由する一方、自販機本は深夜の郊外路上に設置された自動販売機を流通の主軸とした。ビニ本が「店主と客の建前」によって流通するのに対し、自販機本は「対面なしの自動取引」によって店頭販売の規制網を回避する構造を取った。両者は出版社レベルで重なる場合も多く、同じ出版社が両形態の雑誌を並行刊行する事例が広く見られた。
業界の盛衰の波形も類似しており、1985 年前後の風営法・青少年条例強化によって両者ともに急速に縮小した点で軌を一にする。詳細は自販機本の項を参照されたい。
衰退と AV への移行
1985 年以降、ビニ本業界は急速に縮小した。1986 年に芳賀書店もビニ本取扱いを終了し、業界の精神的支柱を失った。1987 年頃にはビニ本という形態の新刊出版はほぼ消滅し、市場は完全に終息した。
衰退の背景には、(1) 法制度的取締りの強化、(2) ヘア解禁論争に向かうグラビア誌・写真集の台頭、(3) 1980 年代前半に普及した家庭用ビデオデッキを基盤とするアダルトビデオ産業の急成長、という複合要因がある。家庭で動画として性表現を消費できる時代が到来したことで、静止画を密封して書店店頭で売るビニ本の役割は急速に過去のものとなった。
ビニ本業界からアダルトビデオ業界へ転身した人物として、後のAV バブル期の代表的人物となる村西とおる(本名・草野博美)らがおり、出版から映像へという成人産業の構造転換の象徴的事例として記述される。
文化史的意義
ビニ本は、戦後日本の性表現規制と消費社会の交点で生まれた特異な出版形態である。透明ビニールという薄い物理的隔絶が、店主と客と当局の三者に微妙な建前を与え、わいせつ性の認定を曖昧化する装置として機能した。1970 年代末の春本・ピンク映画から 1980 年代後半のアダルトビデオへの移行期、わずか 10 年弱の間に成立し終息した一過性の現象だが、戦後日本の性風俗産業史において、出版形態としては極めて特徴的な一画期を成す。
現代では、当時のビニ本は古書市場で資料的価値とともに流通しており、状態の良好な希少タイトルは数万円規模で取引される事例も報告される。性表現史・出版史・サブカルチャー史の研究対象として、研究者による収集・分析が継続している。
関連項目
最終更新
参考文献
- 『ビニ本―昭和性風俗史』 コスミック出版 (2008)
- 『全裸監督―村西とおる伝』 太田出版 (2016)
- 『わいせつ図画該当性をめぐる判例研究』 判例タイムズ (1986)
- 『成人向け雑誌史』 出版ニュース社 (2002)
別名
- ビニール本
- ビニ本
- ベール本
- vinyl pornographic book
- vinyl-wrapped magazine