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1967 年の夏、サンフランシスコのヘイト・アシュベリー地区に若者たちが押し寄せた。長髪、花柄のシャツ、裸足、見知らぬ者同士で手を繋ぐ群衆。「サマー・オブ・ラブ」と呼ばれたこの社会現象の背景には、米国食品医薬品局(FDA)が経避妊薬「Enovid」を 1960 年に承認して以降、女性が妊娠の不安なく性を選択できる時代の到来があった。婚前交渉、同性愛、避妊、中絶、ポルノ。それまで密室に閉じ込められていた性のあらゆる主題が、公的議論の場へと一気に流出した。性革命は、抗議運動や音楽の流行とは比較にならない深さで、人々の身体と関係性のあり方を作り替えた。

性革命(sexual revolution、せいかくめい)とは、1960 年代から 1970 年代にかけて欧米を中心に展開した性規範の大規模な変動を指す総称である。経口避妊薬の普及、性表現の自由化、フェミニズムの興隆、対抗文化(counterculture)の興隆などを背景に、婚前交渉・同性愛・避妊・中絶・売春・ポルノなど性をめぐる主題の社会的位置づけが転換した過程を本項では扱う。

用語の起源

「性革命」の語は、オーストリアの精神分析家ヴィルヘルム・ライヒ(Wilhelm Reich, 1897-1957)の著作『Die Sexualität im Kulturkampf』(1936、後に『The Sexual Revolution』として英訳)に由来する。ライヒはマルクス主義とフロイト精神分析を融合し、抑圧された性が権威主義・ファシズムの心理基盤を成すと論じ、性的解放を社会変革の核と位置づけた。ライヒの理論は当時はマルクス主義・精神分析の双方から異端視されたが、1960 年代の対抗文化運動の中で再発見され、性革命の理論的水源として再評価された。

「Sexual Revolution」の語が大衆メディアで定着したのは、1960 年代後半の米国である。『TIME』『LIFE』など大衆誌が、若年世代の性意識・性行動の急速な変容を記述するキーワードとして繰り返し使用し、用語として定着した。

経口避妊薬の登場

性革命の物質的基盤として、経口避妊薬(ピル)の登場の重要性は決定的である。米国生物学者グレゴリー・ピンカス、産婦人科医ジョン・ロックらが開発し、1960 年に米国 FDA が「Enovid」を経口避妊薬として承認した。1965 年の最高裁判決(Griswold v. Connecticut)で既婚女性の避妊権が、1972 年の判決(Eisenstadt v. Baird)で未婚女性の避妊権が憲法上保障された。

ピルの普及は、女性が妊娠の可能性を切り離して性を選択できる初の歴史的状況を作り出した。「妊娠の恐怖」を媒介とする伝統的性規範の根拠が物質的に解体され、婚前交渉・避妊・中絶の社会的位置づけが急速に転換していった。日本の経口避妊薬承認は 1999 年と先進国中最も遅く、性革命の「第二波」が日本でどう展開したかをめぐる議論の素材となっている。

ポルノグラフィの公然化

1957 年の米国最高裁判決(Roth v. United States)以降、わいせつ概念の限定解釈が進み、書籍・映画におけるポルノ的表現の合法性が段階的に拡大した。1970 年代前半の「ポルノチック」(porno chic)時代、『ディープ・スロート』(1972)『グリーン・ドア』(1972)『ミス・ジョーンズの背徳』(1973)など、いわゆる「ハードコア・ポルノ」が一般映画館で公開され、富裕層・知識人層を含む幅広い観客が観劇する社会現象が出現した。詳細はアメリカのポルノ産業史を参照。

欧州では、1969 年のデンマークによる成人向けポルノの法的解禁が世界初の事例となり、スウェーデン(1971)、西ドイツ(1973)等が続いた。日本でも 1962 年以降のピンク映画の登場、1971 年の日活ロマンポルノ路線開始など、性表現の制度的解禁が段階的に進んだ。

フェミニズム第二波

性革命と同時並行で、第二波フェミニズム運動が興隆した。ベティ・フリーダン『新しい女性の創造』(The Feminine Mystique, 1963)、ケイト・ミレット『性の政治学』(Sexual Politics, 1970)、シュラミス・ファイアストーン『性の弁証法』(1970)など、性をめぐる権力構造の批判的分析が次々に提示された。

フェミニズム第二波は性革命の双子としての側面と、性革命の限界を批判する側面を併せ持った。一方で性的自己決定権・避妊・中絶の権利を主張する点で性革命と歩を合わせ、他方で「性解放」が男性中心的に消費される側面、ポルノ・売春への女性の周辺化などを批判した。1980 年代の「ポルノ戦争」(porn wars)、すなわちアンドレア・ドウォーキン・キャサリン・マッキノンらの反ポルノ立場とエレン・ウィリスら性的解放派の立場の対立は、この内部分裂の典型である。

LGBTQ+ 解放運動の連動

1969 年 6 月のニューヨーク・ストーンウォール暴動は、性的少数者解放運動の出発点として記録される。バー「ストーンウォール・イン」への警察強制捜査に対し、ゲイレズビアントランスジェンダーの常連客が抵抗した事件で、同性愛解放運動(Gay Liberation)の組織化を加速した。性革命と LGBTQ+ 解放運動は、性をめぐる規範批判という共通基盤の上で連動して進展した。

日本における展開

日本の性革命は、欧米と同期しつつも独自のリズムで進展した。1965 年の女性週刊誌『女性自身』の創刊、1968 年の学生運動とウーマン・リブの興隆、1971 年の日活ロマンポルノ路線開始、1979 年の田中美津『いのちの女たちへ』など、各時代の女性運動・性表現の自由化が累積的に展開した。経口避妊薬の遅れた承認(1999)、刑法堕胎罪の存続、夫婦別姓論争などが示すとおり、日本の性をめぐる法制度は欧米の性革命と比較して保守的水準にとどまり、現在もその余波が継続している。

関連項目

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参考文献

  1. Reich, Wilhelm 『Sexual Revolution: Modern Fascism and the Mass Psychology of Sex』 Orgone Institute Press (1945)
  2. Marwick, Arthur 『The Sixties: Cultural Revolution in Britain, France, Italy, and the United States』 Oxford University Press (1998)
  3. Millett, Kate 『Sexual Politics』 Doubleday (1970)
  4. ヴィルヘルム・ライヒ 『性の革命』 勁草書房 (1969)

別名

  • 性革命
  • 性解放
  • sexual revolution
  • 1960年代性解放
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