コンドームとは、性行為中にペニスに装着するバリア式避妊具であり、同時に性感染症(STD/STI)の予防を目的とする医療用具でもある。現代の最も普及した避妊・感染予防ツールのひとつであり、その歴史は数千年にわたる。
古代・中世における原型
コンドームに相当するバリア式器具の痕跡は古代に遡る。古代エジプトの壁画に陰茎を覆う布状の器具の描写があるとされ、STD予防ではなく儀礼的意味や尿道保護を目的とした可能性が指摘されている。古代ローマの医師ガレノスも同様の器具について言及しているとされる。
中世・近世ヨーロッパでは、梅毒の蔓延(15世紀末〜16世紀のナポリ病・大仏病の流行)を背景として、性感染症予防のための器具への関心が高まった。16世紀のイタリアの解剖学者ガブリエル・ファロピオは、亜麻布製の陰茎鞘を梅毒予防として推奨した記録を残している。
17〜18世紀になると、動物の腸管(主にヒツジの盲腸・膀胱)を素材としたコンドームが貴族層の間で使用されるようになった。これらは現在のコンドームと基本的に同じ構造を持ち、避妊と梅毒予防の双方に用いられた。英語の「condom」の語源については、イギリス国王チャールズ2世の侍医「コンドン博士(Dr. Condom)」由来説など複数の説があるが確定していない。
近代:ゴム・ラテックスの登場
産業革命後、ゴムの加硫技術(チャールズ・グッドイヤーによる特許1844年)の発明はコンドームの歴史を大きく変えた。再使用可能なゴム製コンドームが製造されるようになり、以前の動物腸管製に比べて耐久性・均一性が向上した。
20世紀初頭の乳液ゴム(ラテックス)製法の開発により、薄さ・柔軟性・使い捨て性に優れた現代型コンドームの原型が完成した。1920〜30年代にはラテックス製使い捨てコンドームが大量生産され、価格低下によって広く普及した。
日本における受容
日本では明治以降に西洋式コンドームが輸入され、「賢膜(けんまく)」「護謨套(ゴムスリーブ)」など様々な呼称で知られるようになった。戦後は「マルキン」「オカモト」などの国内メーカーが台頭し、日本製コンドームは世界的にも薄さ・品質の高さで評価される。
日本のコンドーム市場における特徴として、避妊薬(ピル)の普及が欧米と比較して遅れたため、長らくコンドームが主要避妊手段として機能してきた。日本のピル解禁が1999年であることに対し、バイアグラの承認は1999年・ピルより先行したという事実は社会的批判を集めた。
HIV/AIDS流行と普及の転換
1980年代のHIV/AIDS流行は、コンドームの位置づけを「避妊具」から「生死に関わる感染予防具」へと転換させた。「コンドームはエイズを防ぐ」というパブリックヘルスキャンペーンが世界各地で展開され、コンドームの普及に決定的な役割を果たした。日本では1987年の「エイズパニック」を機にコンドームと性感染症予防の結びつきが強く意識されるようになった。
現代の「男性用コンドーム」に加え、女性用コンドーム(フェミドム)も1990年代以降に市場に登場している。ラテックスアレルギー対応のポリウレタン製・ポリイソプレン製コンドームも普及しており、素材・形状・サイズのバリエーションが大きく拡大した。
最終更新
別名
- コンドームの起源
- 避妊具の歴史
- condom history