1980 年の夏、深夜の郊外。国道沿いの路肩に背の低い自動販売機が並んでいる。コカコーラやタバコの自販機の隣に、表紙に半裸の女性が印刷された箱型の自販機が点灯している。価格表示は 500 円。500 円玉を入れると、ゴトリという機械音とともにビニール包装の薄い雑誌が落ちてくる。書店ではなく、対面販売でもなく、深夜の屋外で誰の目にも触れずに買える成人向け雑誌。1975 年から 1985 年までの 10 年間、日本の郊外路上には 2 万台を超えるそうした自販機が設置され、月数百万部の雑誌が流通した。書店流通の規制網を物理的に回避するため考案されたこの形態は、商業システムとしてだけでなく、編集者たちのアンダーグラウンド文化の温床としても、戦後日本の出版史に独特の位置を占めることとなった。
自販機本(じはんきぼん)とは、1970 年代後半から 1980 年代前半にかけて、深夜の路上に設置された自動販売機を介して販売された成人向け雑誌の総称である。書店店頭での対面販売を経由しない流通形態を取ることで、当時の青少年保護育成条例・古物営業法等の店頭販売規制の網を実質的に回避した。本項では起源、流通機構の確立、最盛期、主要出版社、代表雑誌、取締り、ビニ本との関係、衰退と文化史的意義を扱う。
起源
自販機本の系譜は、1975 年に東京雑誌販売が自販機部門へ進出したことに始まる。それ以前から自動販売機による雑誌販売の試みは存在したが、本格的な業態として確立したのは 1975 年以降である。1976 年には専門卸の共同が設立され、1977 年にはアリス出版とエルシー企画という二大版元が相次いで創業して、流通機構が急速に整備されていった。
業態成立の背景には、書店でのわいせつ図画陳列に対する取締り強化への対抗、青少年保護育成条例の各都道府県での制定の波、そして自動販売機の小売価格の低下という三要素があった。深夜の路上という対面販売を欠いた空間は、当時の規制法体系の隙間に位置し、出版社・読者の双方に利便性を提供した。
流通機構
自販機本の流通は、書店流通とは全く異なる構造を持っていた。書店流通が出版取次を介する三段階(出版社 → 取次 → 書店)である一方、自販機本は (1) 出版社、(2) 自販機オペレーター(設置・補充業者)、(3) 自販機設置場所の地主、という独自の三段階構造を取った。
自販機は郊外の国道沿い、ガソリンスタンド・空き地・パチンコ店脇など、人目につきにくい場所に設置された。設置場所への日常的な巡回・補充・売上回収・故障修理の体制を構築するため、地域単位の中小オペレーター企業が全国に数百社規模で発生した。
価格は 1 冊 500 円が標準的で、書店流通の青年誌・写真集と比較して廉価だった。500 円玉一枚で完結する硬貨経由取引は、対面販売の煩わしさと釣り銭機構の不要を両立し、自販機本の象徴的価格として記憶されている。
最盛期(1980 年前後)
自販機本産業の最盛期は 1980 年前後である。同年の業界統計によれば、月間刊行誌数は約 43 誌、月産発行部数は推定 165 万部から 450 万部、全国の設置自販機は 2 万台以上に達し、これは当時の書店総数とほぼ同規模だった要出典。年間市場規模は約 500 億円と推計される、無視しがたい規模の出版領域だった。
最大手のアリス出版は同期に最も多くの誌面を持ち、創業者を中心とする独立出版社として急成長を遂げた。ライバルのエルシー企画(明石賢生主宰)と 1980 年に一時合併したが、わずか数か月後の 8 月に明石らが独立し、旧エルシー企画と一部のアリス出版編集部員は群雄社出版としてスピンアウトした。1983 年の群雄社出版倒産まで、自販機本業界は群雄社・アリス出版・エルシー後継系列を軸に多様な編集集団が並存した。
代表雑誌と編集者文化
自販機本の文化史的特色は、単なるエロ雑誌の枠に収まらない実験的編集の存在にある。エルシー企画 → アリス出版 → 群雄社出版を経た系譜の中で発行された『Jam』(1979 創刊)、『HEAVEN』(1980 創刊)などは、編集者・高杉弾・山崎春美らが中心となって編まれ、パンク・アンダーグラウンド・前衛芸術・カウンターカルチャーを大胆に誌面化した。
ヌード写真と同列に、現代美術評論、難解なエッセイ、海外パンクシーン報告、政治批判、地下サブカル情報などを編集したこれらの雑誌は、後年「日本のサブカル誌の先駆」「カウンターカルチャー雑誌の伝説」として再評価されている。当時の自販機本流通の匿名性が、書店流通では刊行できない過激・実験的編集を支える土壌として機能した。
書店流通の投稿写真誌『写真時代』(1981 年創刊、編集長・末井昭)もまた、自販機本期のサブカル編集精神を継承するものとして並列に語られる。両者は流通経路を異にするが、編集者・寄稿者の人脈レベルでは重なり合い、1970 年代末から 1980 年代前半にかけての成人雑誌出版界の独特の生態系を形成した。
取締り
自販機本の隆盛は、当然ながら社会的批判の対象となった。1980 年、日本 PTA 全国協議会は有害図書販売規制立法の請願を国会に提出し、各地方自治体での青少年保護育成条例の整備が連鎖的に進んだ。1980 年代前半までに 43 都道府県が条例による自販機本規制条項を整備し、特に深夜路上設置・自販機販売を規制対象とする内容が共通項となった要出典。
決定的だったのは 1985 年の新「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(風営法)施行である。同法は性風俗特殊営業の包括的規制枠組を整備し、自販機本販売を実質的な営業許可対象に組み込んだ。これに加え、各都道府県の条例改正による自販機設置規制、警察行政による路上自販機の集中的撤去、地主による設置忌避などが連動し、自販機本流通網は急速に解体されていった。
ビニ本との関係
ビニ本と自販機本は、同時期に隆盛した成人雑誌の二大流通形態として、相互補完的に成人向け出版市場を構成した。ビニ本が書店店頭で透明ビニール密封という建前を経由する一方、自販機本は対面販売そのものを物理的に経由しない仕組みで、規制網への回避戦略を異にした。
両者は出版社レベルで重なる場合も多く、同一出版社が両形態の雑誌を並行刊行する例が広く見られた。盛衰の波形は類似し、1985 年前後の風営法・青少年条例強化によって、両者ともに 1985 年から 1987 年にかけて急速に縮小・消滅した。
衰退と AV への移行
自販機本産業の衰退は、ビニ本と同様に 1985 年以降に急激に進行した。法制度面の取締り強化、自販機の物理的撤去に加え、家庭用ビデオデッキの普及を基盤とするアダルトビデオ産業の急成長が、静止画雑誌の役割を代替していった。深夜の路上で 500 円硬貨を投入して薄い雑誌を買う消費形態は、家庭で動画を視聴する時代の到来とともに過去のものとなった。
1987 年頃には自販機本の新刊出版はほぼ消滅し、設置自販機もその大半が撤去された。自販機本産業に関わった編集者・写真家・ライターのうち相当数は、その後 AV 業界・成人マンガ業界・書店流通の青年誌業界へと活動の場を移し、戦後日本のアダルト出版の人材プールを支えた。
文化史的意義
自販機本は、戦後日本の性表現規制と消費社会の隙間に成立した、極めて短命だが独特の出版形態である。深夜の路上自販機という非対面流通は、規制法と編集自由の双方に「逃げ道」を提供し、結果として商業ポルノの匿名的大量消費と、サブカルチャー雑誌の実験的編集という、本来は両立しがたい二側面を同時に育てた。
春本からビニ本・自販機本を経てAVへと至る戦後日本の成人向けメディアの系譜の中で、自販機本期は最も短く、最も実験的で、最も体系的に消去された一画期として記録される。
関連項目
最終更新
参考文献
- 『自動販売機の文化史』 集英社新書 (2003)
- 『Jam・HEAVEN 復刻ボックス』 河出書房新社 (2014)
- 『自販機エロ本の時代』 太田出版 (2010)
- 『成人向け雑誌史』 出版ニュース社 (2002)
別名
- 自販機本
- 自販機エロ本
- 自動販売機本
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