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ロンドン、サザーク地区。中世のテムズ川南岸には「ストゥーズ」(stews、湯屋)と呼ばれた一群の建物が並んでいた。表向きは公衆浴場だが、実態は王室と司教が許可・課税する公設売春宿である。司教領主の認可を受けた女性たちが「ウィンチェスター・ガチョウ」と呼ばれ、ロンドン市民から地方の巡礼者まで様々な客を迎えた。中世キリスト教社会は、性を罪と説きながらも、娼婦という制度を社会の安全弁として手放さなかった。理想と実践の二重構造、それが千年余のヨーロッパ性文化史を貫く骨格である。

ヨーロッパの性文化史(よーろっぱのせいぶんかし、European sexual history)とは、ローマ帝国崩壊期(5 世紀)から 20 世紀前半までのヨーロッパ社会における性をめぐる規範・制度・実践の歴史的展開を指す。本項では、キリスト教的性規範の成立、中世の娼婦制度、近代の婚姻と監視、ヴィクトリア朝の二重道徳、第一次・第二次大戦間期の変容を扱う。

キリスト教的性規範の成立

古代ローマの性文化が育てた公然の性風俗は、4 世紀のキリスト教公認以降、急速に変容した。教父アウグスティヌス『神の国』『告白』は、性欲を原罪と結びつけ、生殖を目的としない性行為を罪と位置づける神学を体系化した。性交は夫婦間でのみ、生殖目的でのみ正当化され、それ以外の性的行為(自慰・避妊・同性愛・婚外交渉)はすべて罪業として位置づけられた。

中世初期(5-10 世紀)、修道院は禁欲的生活様式の理想を提示し、聖職者の独身制(11 世紀末グレゴリウス改革で確立)が制度化された。一方で世俗社会では、ゲルマン慣習法・ケルト慣習法など多様な伝統が残り、教会の理想と実践は常に緊張関係にあった。

中世の娼婦制度

中世ヨーロッパは、キリスト教的性規範を表明しながらも、都市に公的な売春制度を設置した。アウグスティヌス自身が「都市から娼婦を取り除けば、欲望によって都市は混乱する」と書き残した論理が、制度的売春を神学的に正当化した。

12-13 世紀以降、ヨーロッパの諸都市は公設売春宿を整備した。ヴェネツィア(11 世紀から記録)、フィレンツェ(1403 年に「Onestà 委員会」設立)、ロンドン(12 世紀以降のサザークのストゥーズ)、パリ、ハンブルク、ヴィーンなどがそれぞれ独自の制度を発達させた。娼婦は登録され、特定の衣装・標識(黄色い帯・赤い縁の頭巾など)の着用を義務づけられ、市当局・司教・国王いずれかの管轄下で徴税された。

宗教改革期(16 世紀)、プロテスタントの厳格主義により多くの公設売春宿が閉鎖された。ジュネーブ(1525 閉鎖)、フランクフルト(1560 閉鎖)、ロンドン(1546 閉鎖)など、北部諸都市で公娼制は解体された。一方カトリック地域では制度が継続し、19 世紀の規制主義(regulationism)へと連続的に変容した。

性病と規制主義

15 世紀末以降の梅毒の流行は、性をめぐる社会的不安を急速に高めた。1493-1494 年のナポリ戦役で大流行した梅毒は、コロンブス交換による新大陸由来説が有力で、以降ヨーロッパ社会の性的接触のあり方を根本的に変えた。

19 世紀、フランスを発祥とする「規制主義」(régulationisme)が西欧諸国に広がった。娼婦の登録、定期的な性病検診の義務化、認可施設での営業を骨子とする制度で、ナポレオン体制下のフランス(1802 年「Préfecture de police」管轄)を皮切りに、英国(1864-1869 年「伝染病法」)、ドイツ諸邦、イタリア、日本(明治期の公娼制度)に波及した。

ヴィクトリア朝の二重道徳

19 世紀英国のヴィクトリア朝(1837-1901)は、表面的な性的厳格主義の下に、地下に押しやられた性的実践が繁茂する「二重道徳」の典型として、歴史記述に頻繁に取り上げられる。

家庭内では性は「子作りの義務」として無感情に語られ、女性の性的快楽は否認された。一方、ロンドンには 8 万人前後の街娼がいたとされ、男性中産階級は家庭外で性的需要を満たすことが事実上前提化された。スティーヴン・マーカス『The Other Victorians』(1966)は、匿名作家「ウォルター」の自伝『My Secret Life』(1888-1894 私家版)を主資料に、ヴィクトリア朝の地下性的実践を詳細に分析した古典である。

ポルノグラフィの量産も同時期に進んだ。エロチック小説、写真、エッチング画など、産業革命後の印刷・複製技術を活用した性表現が地下市場で大規模に流通した。1857 年の英国「猥褻出版物法」(Obscene Publications Act)はこれら地下流通の取締りを目的としたが、市場の拡大を抑止することはできなかった。

第一次大戦と戦間期

第一次大戦(1914-1918)は、ヨーロッパの性文化を不可逆に変容させた。塹壕戦で兵士の性病感染が大規模に発生し、各国軍が公的に避妊具を配布する事態となった。戦争で多数の男性を失った女性人は、伝統的婚姻規範では対応しがたい状況に置かれた。1920 年代のフラッパー文化、ベルリンの夜のキャバレー文化、ジョセフィン・ベイカーのパリでの活躍などは、戦後の性的開放期を象徴する。

ヴァイマル期ドイツ(1919-1933)は、世界初の性科学研究所(マグヌス・ヒルシュフェルト所長、1919 創設)、同性愛者の権利運動、性教育の普及などで戦間期欧州の性的進歩主義を主導した。しかしナチス政権成立(1933)により研究所は破壊され、同性愛者は強制収容所送りとなり、戦間期の性的開放は強制終了させられた。

戦後の性革命

第二次大戦後、米国主導の戦後復興と並行して、性革命の時代が到来した。経口避妊薬の登場(1960)、わいせつ概念の限定解釈、フェミニズム第二波の興隆により、ヨーロッパの性規範は中世以来千年余の構造を超える地殻変動を経験した。詳細は性革命の項を参照されたい。

関連項目

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参考文献

  1. Foucault, Michel 『The History of Sexuality, Vol. 1: An Introduction』 Pantheon Books (1978)
  2. Karras, Ruth Mazo 『Common Women: Prostitution and Sexuality in Medieval England』 Oxford University Press (1996)
  3. Marcus, Steven 『The Other Victorians』 Basic Books (1966)
  4. イワン・ブロッホ 『ヨーロッパの愛欲と肉欲の歴史』 国書刊行会 (1992)

別名

  • ヨーロッパ性文化
  • 西洋性史
  • European sexual history
  • Sexuality in Europe
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