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仏教・神道と性

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比叡山延暦寺、12 世紀の僧坊の夜。経典を読誦する声がやみ、若き僧が一人の少年を呼び寄せる。剃髪前の長髪、白粉を薄く引いた頬、絹の小袖。彼は「稚児」と呼ばれ、寺院に侍る少年として僧の身辺の世話と、しばしば寝床を共にする役割を担った。表向きは女犯戒を守るための代替手段、しかし実態としては、寺院文化の一部として制度化された男色の場だった。日本仏教は中国・朝鮮の仏教と異なり、稚児という独特の制度を発達させた。仏教の禁欲倫理と日本の現実が交わる地点で、独特の宗教的性文化が形成された。

仏教・神道と性(ぶっきょうしんとうとせい)とは、日本の二大宗教伝統がそれぞれ性をめぐってどのような教説・規範・実践を展開してきたか、そして両者の融合がどのような日本独自の宗教的性観を生み出したかを指す。本項では仏教の戒律と稚児文化、神道の生命礼讃と性的儀礼、神仏習合期の融合を扱う。

仏教の戒律と性

仏教は出家者に「不淫戒」(brahmacarya)、すなわちあらゆる性行為からの離脱を命じる。これに対し在家信者には「不邪淫戒」(婚姻外の性的行為の禁止)を課す。出家者と在家信者で異なる戒律体系を持つ二重構造は、初期仏教以来一貫している。

中国・朝鮮を経由して伝来した日本仏教は、出家者の不淫戒を建前として継承したが、平安期以降、僧侶の妻帯は実質的に黙認される事態が常態化した。比叡山・高野山・南都諸寺の僧侶のうち、妻子を持つ者の存在は史料に多数記録される。1872 年(明治 5 年)の太政官布告「自今僧侶肉食妻帯蓄髪等可為勝手事」は、それまでの実態を法的に追認する形での妻帯解禁となった。

稚児文化

中世日本の寺院では、出家男性の不淫戒の代替手段として、女犯戒に該当しない男児・少年との関係が黙認・制度化された。これが「稚児」と呼ばれる役割で、12 世紀以降の比叡山・高野山・南都諸寺院・五山禅林などで広く行われた。

稚児は剃髪前の少年で、髪を伸ばし白粉を施し、女装に近い装いをまとった。「上稚児」(貴族の子弟)・「中稚児」(中堅武士の子弟)・「下稚児」(寺領の村民)など階層差があり、年齢は 8 歳から 18 歳前後が主だった。稚児への扱いは 古代ギリシャの少年愛の枠組みに類似する点があるが、宗教的制度の中で運営された点が特異である。

稚児を主題とする物語(『稚児今様』『稚児観音縁起』『弘児聖教秘伝』など中世稚児物語)、絵巻(『稚児之草子』、室町期)、和歌などが多数残された。ただし本項は中世の制度を現代倫理で全面的に正当化する立場を取らず、年齢規範の歴史的差異を史実として記述する立場をとる。

衆道と仏教

中世から近世にかけての衆道(武士間の男色)は、寺院の稚児文化を背景に発達した。武士の子弟が寺院に学問のため預けられる過程で稚児経験を持ち、それを世俗化したものが衆道の起源とされる。井原西鶴『男色大鑑』(1687)は、僧侶と稚児、武士同士の衆道、町人の男色を並列に記述し、近世日本の男色文化の広がりを示している。

神道と性 - 生命礼讃の伝統

神道は、仏教の禁欲倫理とは正反対の、性を生命の根源として礼讃する伝統を持つ。『古事記』(712)の冒頭、イザナギ・イザナミ二神が国土を産む場面は、性交を世界創造の根源行為として位置づける。両神が「天の御柱」を巡り合い、互いの身体の「成り余れる処」と「成り合はぬ処」を補い合うという描写は、性器の隠喩として読解可能な日本最古の性的記述である。

神道の性礼讃は祭礼に多く反映される。豊作祈願・子孫繁栄を主題とする祭りのうち、男根像・女陰像を神体・神輿として担ぐ祭りは全国に存在する。愛知県小牧市の田縣神社「豊年祭」、犬山市の大縣神社「豊年祭」(姫の宮神事)、川崎市の金山神社「かなまら祭り」など、現代まで継承される祭りには、男根・女陰を中心とする生命礼讃の構造が明瞭である。

「性は穢れではない」という神道の立場は、平安期の貴族社会、近世の庶民社会まで継承された。ただし出産・月経は「血の穢れ」として忌まれる側面もあり、神道の性観は単純な肯定一辺倒ではない多層的構造を持つ。

神仏習合期の融合

平安後期から中世にかけて成立した神仏習合の枠組では、仏教の禁欲倫理と神道の生命礼讃が併存し、相互に影響しあった。真言密教の即身成仏思想は、性的合一を悟りの隠喩として用いる立川流(13-14 世紀)を生み、男女の性的合一を「理趣経」の解釈と結びつける異端的密教を発達させた。立川流は南北朝期に異端視されて壊滅したが、日本密教における性的隠喩の伝統の一断面として重要である。

平安期江戸期を通じて、寺社の門前町は遊郭・岡場所と隣接して発達した。神社・寺院への参詣と遊興・性的接触が同一の動線で結ばれる空間構造は、伊勢・善光寺・金毘羅・成田など全国の参詣地に共通する。神道・仏教の性観は、教義のレベルでは対立するが、生活実践のレベルでは融合し、日本独自の宗教的性風土を形成した。

近代以降

明治期の神仏分離・廃仏毀釈、明治民法の家父長制定立、戦前期の国家神道は、伝統的な仏教・神道の性観に大きな構造変化をもたらした。仏教の妻帯解禁(1872)、神社合祀(1906)による土俗的祭礼の整理、戦時動員下の性道徳の厳格化などにより、伝統的性観は近代国民国家の枠組みに再編された。

戦後、宗教法人法(1951)のもとで仏教・神道は私的領域の宗教となり、性をめぐる教義は個人の信仰の問題として位置づけられた。一方、現代に至るまで地方の祭礼に残る性的シンボルや、寺院の稚児行列(現代では儀礼的な装束行列に純化)は、伝統的性観の生きた残響として機能している。

関連項目

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参考文献

  1. 西口順子 『仏教と性』 法藏館 (1990)
  2. 土谷恵 『稚児今様』 国書刊行会 (2001)
  3. 山折哲雄 『性と宗教』 講談社 (2001)
  4. 舎人親王ほか 『日本書紀』 (720)
  5. 太安万侶 『古事記』 (712)

別名

  • 仏教と性
  • 神道と性
  • 日本宗教の性観
  • Buddhism and sexuality
  • Shinto and sexuality
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