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1990 年代前半、東京・大阪の繁華街には「中古制服・体操服・下着」を扱う専門ショップが集中していた。看板には「ブルマセーラー服」の語頭を組み合わせた「ブルセラ」の文字。客は中古衣服を 1 点単位で購入し、買い取りに来た高校生は自分の制服・体操服・下着を売って小遣いを得る。短期間で隆盛し、規制の波で衰えた、ある特殊小売業の系譜がある。

ブルセラ史(ぶるせらし)とは、1990 年代に隆盛した中古制服・ブルマセーラー服 ・下着等の販売業態「ブルセラショップ」の歴史的展開を扱う項である。本項では成立、1993〜1996 年のピーク、青少年保護条例での規制、援助交際 との連動、現代への変遷を扱う。

概要

「ブルセラ」は「ブルマ」+「セーラー服」の語頭を組み合わせた合成語で、女子学生用の体操服と制服を意味する。ブルセラショップは、(1) 女子高生・中学生から制服・体操服・下着 を買い取る、(2) それを中古品として男性客に販売する、(3) 個人を特定する情報(着用者の学校名・氏名)は伏せる、という業態である。

通常の古着屋・フリーマーケットとは異なり、「特定の年齢層・特定の性別の着用者が着ていた」というラベルが商品価値の中心となる点で、性表象を内在化した特殊小売業として独自の位置を占めた。

成立とピーク

ブルセラショップの成立期は 1990 年代初頭で、東京・新宿・池袋・渋谷、大阪・梅田・難波などの繁華街で同時並行的に開業した。1993〜1996 年がピーク期で、首都圏だけで数十店舗以上が営業していたとされる。

業態の背景には、(1) ブルマセーラー服体操服 への一定の嗜好需要 、(2) 1980 年代後半のコギャル 文化の伸長と女子高生の消費主体化、(3) 中古商品流通の制度的緩さ、があった。買い取り価格は商品により 1000 円から 1 万円程度で、女子高生にとって「短時間で得られる小遣い」として一定の魅力があった。

援助交際との連動

ブルセラショップは、援助交際 と隣接した社会現象として論じられた。両者の連続性として、(1) 女子高生が経済的見返りを得るために性的記号(制服・体操服・下着、または身体)を提供する、(2) 大人男性客の側に未成年女子の性的価値への需要がある、(3) 同じ繁華街エリア(渋谷・池袋・新宿)に両者が集中、という構造的同型性が指摘された。

社会学者・宮台真司らによる 1990 年代の議論では、ブルセラ・援助交際は単独の事件ではなく、戦後消費社会と少女文化の構造的変動の表れとして分析された要出典

規制と衰退

1990 年代後半、各都道府県は青少年保護育成条例の改正を通じて、ブルセラショップへの規制を強化した。具体的には、(1) 18 歳未満からの下着・制服等の買い取り禁止、(2) 営業届出制から許可制への変更、(3) 営業時間・取扱品目の制限、が導入された。

東京都は 1997 年に都条例を改正し、ブルセラを含む青少年関連業態への規制を大幅に強化した。これを受けてブルセラショップの大半が廃業または業態転換し、2000 年代に入ると街頭からほぼ姿を消した。1999 年の児童買春・児童ポルノ禁止法 も、青少年保護全体の流れとして関連する。

現代への変遷

2000 年代以降、ブルセラショップの代替として、(1) インターネット個人売買(メルカリ・ヤフオク・専門サイト)、(2) JK ビジネス (女子高生散歩・JK リフレ等)、(3) 個人ファンクラブキャムガール の派生サービス、として、近接する需要は移行・分散していった。

メルカリ等は、転売としての中古衣服取引を一定範囲で許容しつつ、性的目的を伴う取引や 18 歳未満の出品は規約で禁止する立場をとっている。ブルセラ業態は形を変えながら、現代のオンライン流通に部分的に吸収・残存する形となっている要出典

関連項目

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参考文献

  1. 本橋信宏 『ブルセラ市場の社会史』 幻冬舎 (2010)
  2. 森田明 『青少年保護育成条例の研究』 信山社 (2003)
  3. 宮台真司 『1990年代日本社会論』 勁草書房 (2001)

別名

  • ブルセラ史
  • ブルセラショップ
  • ブルセラ業界史
  • burusera history
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