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縄文・弥生時代の性文化

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青森県つがる市、亀ヶ岡遺跡から出土したひとつの土偶。両眼は雪眼鏡のように極端に細められ、胸は大きく膨らみ、腹部妊娠を示唆するように張り出している。高さ 34.5 センチ、紀元前 1000 年頃の作。「遮光器土偶」と名づけられたこの像は、縄文人が「女性の身体」をどう見ていたかを物語る最古級の表象である。土から焼かれた小さな像が、文字を持たぬ社会の性観念を雄弁に伝える。先史時代の性文化は、骨と石と土の声に耳を澄ますことで初めて聞こえてくる。

縄文・弥生時代の性文化(じょうもんやよいじだいのせいぶんか)とは、約 1 万 6 千年前から紀元後 3 世紀までの日本列島先史時代における性をめぐる遺物・遺構・推定される慣行の総体を指す。文字資料を欠く時代であるため、考古学的遺物・人類学的比較・後代史料からの遡及的推定によって性文化が再構成される。本項では縄文期の土偶・石棒・墓制、弥生期の農耕社会化に伴う性規範の変容、邪馬台国期までを扱う。

縄文時代(前 14000-前 1000 年頃)

土偶

縄文時代の最も豊富な性的遺物は、約 1 万 5 千点以上が出土している土偶である。土偶のほとんどは女性像で、乳房と臀部の強調、しばしば妊娠を示唆する張り出した腹部、女陰の表現を特徴とする。男性器を備えた土偶は極めて少なく、縄文期の人格表現が女性中心だったことを示す。

代表例として、青森県亀ヶ岡遺跡の遮光器土偶(前 1000 年頃)、長野県棚畑遺跡の縄文のヴィーナス(前 3000 年頃、国宝)、北海道函館市の中空土偶(前 2000 年頃、国宝)などが挙げられる。遮光器土偶の極端に細められた両眼、誇張された胸部・腹部・臀部などの形象は、縄文人の女性身体への視覚的関心を強く示唆する。

土偶の用途は諸説あり、安産祈願・豊穣祈願・治癒儀礼・葬礼などの解釈が提示されている。多くの土偶が完形ではなく意図的に破壊された状態で出土することから、儀礼的に破壊して大地に還す豊穣儀礼の道具と解釈する説が広く採用されている。

石棒・石剣

縄文中期から後期にかけて、男性器を象徴的に表現した「石棒」(せきぼう)と呼ばれる磨製石器が広範に分布する。長さ 30 センチから 1 メートル超のものまで、亀頭部を簡潔に表現した形象が共通する。集落の中央広場、祭祀的遺構の中心、住居の入などから出土し、土偶と対をなす形で男性原理の象徴として機能したと推定される。

石棒は縄文後期(前 2000-前 1000 年頃)に最も発達した。青森県・秋田県・新潟県・長野県の中部高地周辺で出土密度が高く、東日本の祭祀文化の一断面を成す。

墓制と性

縄文期の墓には男女の埋葬が並列に行われ、副葬品の差異も限定的である。男女の社会的格差が顕著に表れる墓制は確認されていない。一方、晩期に出現する屈葬・埋甕葬・抱石葬などの様式には、産死した女性の特殊な処理を示唆するものも含まれる要出典

縄文集落の人骨分析から、早婚・出産年齢の低さ・産婦死亡率の高さなど、生殖をめぐる過酷な生活実態が推定される。ただし婚姻形態(対偶婚・群婚・通い婚など)を遺物から直接特定することは困難で、後代の慣習からの遡及的推定が中心となっている。

弥生時代(前 10 世紀-紀元後 3 世紀)

農耕社会化と性規範の変容

弥生時代に水稲農耕が大陸から導入され、日本列島は急速に農耕社会へと転換した。土地の所有・蓄積・相続が成立し、それに伴って父系的な系譜意識・婚姻規範・性規範が形成され始めた。

縄文期の女性中心的な土偶文化は、弥生期に急速に衰退する。代わって男性的な武器・農具・首長像が遺物の中心となり、社会的シンボル体系の重心が女性原理から男性原理へと移行した。これは農耕社会化に伴う父系制の成立過程を示す重要な変化として、考古学・人類学の議論で繰り返し主題化されてきた。

ただし弥生中期以降の祭祀遺跡からは、女性主導の祭祀の痕跡が継続的に確認される。佐賀県吉野ヶ里遺跡の祭殿、奈良県唐古・鍵遺跡の楼閣を含む祭祀遺構など、王侯と並ぶ巫女の存在を示唆する遺構は多い。

邪馬台国と「鬼道」の卑弥呼

『魏志倭人伝』(3 世紀後半成立)は、紀元後 2-3 世紀の倭国の様子を中国側史料の視点から記録した最古級の文献資料である。同書は邪馬台国の女王卑弥呼を「鬼道を事とし、能く衆を惑わす」存在として描き、「年既に長大なるも夫婿無く、男弟有り、佐けて国を治む」と記す。

卑弥呼の独身性、巫女性、男性親族(男弟)による政治補佐の三要素は、弥生末期の女性首長の典型像として議論されてきた。この時代の倭国に残る女性宗教者の権威は、後代の神功皇后伝承、伊勢斎宮制度などへ連なる、日本における女性の祭祀的権威の源流の一断面を成す。

倭人の婚俗

『魏志倭人伝』はまた、倭人の婚姻について「大人皆四・五婦、下戸或いは二・三婦」と記し、上層男性の多妻制を示唆する。後代の平安期の通い婚に連なる、男性の複数女性訪問型の婚姻形態の起源は、この弥生末期の倭人社会に遡る可能性がある。

古墳時代への接続

3 世紀末以降の古墳時代は、巨大な前方後円墳に象徴される強力な王権の確立期である。古墳の埋葬から、王侯と妃妾の合葬例、子供の早世埋葬など、王族家族構成を示唆する遺構が出土する。前方後円墳の形態自体を、男女の性器を象徴する形と解釈する説も研究史にある要出典

『古事記』(712)・『日本書紀』(720)に編纂された建国神話・初期王統譜は、この古墳時代の王族家族構造を文字化した記録として、先史時代の性文化と歴史時代をつなぐ橋渡しの史料として機能する。

関連項目

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参考文献

  1. 瀬川拓郎 『縄文の女たち』 新潮社 (2017)
  2. 竹倉史人 『土偶を読む』 晶文社 (2021)
  3. 藤田富士夫 『考古学が解く日本古代の性』 学生社 (1995)
  4. 江坂輝弥 『縄文土偶の研究』 小学館 (1990)

別名

  • 縄文時代の性
  • 弥生時代の性
  • 先史時代の性文化
  • Jomon and Yayoi sexuality
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