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アメリカのポルノ産業史

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1972 年 6 月、ニューヨーク 49 丁目の一映画館で『ディープ・スロート』(Deep Throat)が公開された。製作費数万ドル規模、61 分のこの作品は、性交を主題に据え、当時の劇場規範からは破格の性的露骨さで観客に迫った。封切り後、ニューヨークの夜の話題となり、ジョニー・カーソンの深夜トーク番組で話題に上り、トルーマン・カポーティ、ジャック・ニコルソン、マーティン・スコセッシまでが観劇した。性的表現はもはや裏路地の物ではなく、富裕層の知的余興であり、劇場の社交イヴェントだった。「ポルノチック」と呼ばれた一時代が、ここから始まった。

アメリカのポルノ産業史(あめりかのぽるのさんぎょうし、history of American pornography)とは、20 世紀後半から現代に至る米国のポルノグラフィ産業の歴史的展開を指す。本項では戦前期、ポルノチック時代(1970 年代)、VHS 時代(1980-90 年代)、インターネット時代(2000 年代以降)の四区分で扱う。

戦前期 - 「8 ミリの裏ループ」時代

20 世紀前半の米国では、ポルノ的映像は地下市場で 8 ミリ・16 ミリの短編フィルム(「裏ループ」、stag films)として流通した。1907 年作の最古級作品『A Free Ride』を皮切りに、地下クラブ・男性専用組合・大学生サークルなどで上映会が秘密裡に開かれた。

ヘイズ・コード(1934 年本格運用)による劇場映画の厳格な性規制と、1873 年成立のコムストック法(郵便でのわいせつ物送達禁止)が地下流通を強いる構造を作り、戦後 1970 年代まで産業は密室にとどまった。

ポルノチック時代(1970 年代)

1957 年の最高裁判決(Roth v. United States)以降、わいせつ概念の限定解釈が段階的に進み、1973 年の判決(Miller v. California)で「ミラー基準」(地域社会の基準・性的露骨さ・芸術性の三段審査)が確立された。1968 年のヘイズ・コード廃止と新レーティング制度(MPAA)導入も加わり、ポルノ映画の劇場公開が法的に可能となった。

1972 年の『ディープ・スロート』に続き、『ビハインド・ザ・グリーン・ドア』(1972)、『ザ・デヴィル・イン・ミス・ジョーンズ』(1973)、『ザ・オープニング・オブ・ミスティ・ベートーヴェン』(1976)など、製作費十数万ドル規模の「ポルノ映画」が一般映画館で公開され、富裕層・知識人層を含む幅広い観客が観劇する社会現象が出現した。リンダ・ラヴレース、マリリン・チェンバース、ジョージナ・スペルヴィンなど、この時代を代表するポルノ女優が登場した。

「ポルノチック」(porno chic)と呼ばれたこの一時代は、ポルノが社交の場で語られる稀有な数年間として記録されている。映画批評家ヴィンセント・キャンビーらの『ニューヨーク・タイムズ』掲載の批評記事、『プレイボーイ』『ペントハウス』への掲載などを通じ、ポルノ映画はメインストリーム文化の周縁に組み込まれた。

VHS 時代(1980-1990 年代)

1976 年の VHS 規格発表、1980 年代前半の家庭用ビデオデッキの普及により、米国ポルノ産業は構造変化を遂げた。劇場での上映から家庭での視聴へと消費の場が移ったことで、製作費は劇的に低下し、年間製作本数は急増した。

1980 年代後半から 90 年代にかけて、年間 1 万本超のアダルトビデオが米国市場に投入される時代となった。ロサンゼルス郊外の San Fernando Valley は産業の集中地として「Porn Valley」「Silicone Valley」と呼ばれ、同地でアダルトビデオの製作・流通の大半が完結する独特の生態系が形成された。

ロン・ジェレミー、ピーター・ノース、ジョン・ホームズらの男性スター、ジェナ・ジェイムソン、トレイシー・ローズらの女性スターが時代を象徴した。Vivid Entertainment(1984 創業)、Wicked Pictures(1993 創業)、VCA(1979 創業)など主要スタジオが業界の中核を占めた。

ファンタジーランド時代の終わりとインターネット

1995 年以降のインターネット普及は、米国ポルノ産業の構造を再度根底から変えた。1990 年代後半のアダルトサイト乱立、2003-2007 年のチューブサイト(tube site、無料動画共有サイト)の急成長、2007 年の Pornhub サービス開始、その後の MindGeek 系列の市場寡占化により、有料の VHS・DVD 市場は急速に縮小した。

ファンタジーランド時代に成立した中堅スタジオの多くは経営難に陥り、2008 年のリーマン・ショック後、米国 AVN(Adult Video News)誌の年間集計で業界全体の売上は半減した。「ポルノ無料化」の構造変化に対応すべく、業界は (1) ライブ配信サービス、(2) 個人モデルのサブスクリプション(OnlyFans 等、2016 創業)、(3) 知的財産訴訟による無断流通の取締り、などへ事業を多角化した。

OnlyFans(2016 年 Tim Stokely 創業)は 2020 年代の決定的な業態転換を体現する。Pornhub・Brazzers などの中央集権的アダルト配信サイトに対し、個人クリエイターが直接ファンと取引する「サブスク・ポルノ」のモデルが急速に普及し、伝統的アダルト・スタジオの経済的基盤を崩す要因のひとつとなった。

規制と論争

1980 年代以降の反ポルノ・フェミニズム運動(アンドレア・ドウォーキン、キャサリン・マッキノンら)、1986 年のミース報告書(Meese Commission Report)、2000 年代の児童ポルノ取締り強化など、規制をめぐる論争は継続している。一方、表現の自由(米国憲法修正第一条)に基づく業界の法的擁護も同時並行で展開し、判例の累積を通じてポルノ表現の合法的領域は拡張・固定化されてきた。

セックスシンボルから個別ポルノ女優・パフォーマーまで、米国大衆文化の性的アイコン群は、このポルノ産業の歴史と相互浸透しながら 20 世紀後半の米国社会を形作った。日本のAV 産業AV バブル期との対比も、両国の性風俗産業の構造比較の素材として価値が高い。

関連項目

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参考文献

  1. Williams, Linda (ed.) 『Porn Studies』 Duke University Press (2004)
  2. Williams, Linda 『Hard Core: Power, Pleasure, and the Frenzy of the Visible』 University of California Press (1989)
  3. McNeil, Legs & Osborne, Jennifer 『The Other Hollywood: The Uncensored Oral History of the Porn Film Industry』 ReganBooks (2005)
  4. リンダ・ウィリアムズ 『ハードコア・ポルノ』 現代思潮新社 (1995)

別名

  • アメリカポルノ史
  • 米国ポルノ産業
  • American pornography
  • US porn industry
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