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エロ単語辞典

部屋に二人だけがいるとき、どちらが先に手を伸ばし、どちらが目を伏せて受けとめるか。性的役割の振り分けは、時間をかけて二人の間で言葉なしに決まっていく。日本語にはこの位置の片方を指す古い隠語がある。ネコ(猫)とは、同性間の性愛関係、特にレズビアン関係において、受身的役割・女性役・愛撫される側を担う者を指す日本語の隠語である。能動側のタチと対をなす。

語源には複数の説がある。最も流通しているのは、屋根の上で身を低くして寝ている猫の姿勢、つまり受身の体勢になぞらえた説。次に、江戸期の陰間茶屋(男娼を抱える茶屋)文化で、受け役の若衆を「ネコ」と呼んだ用例が近世文献に残るとされる説要出典。さらに、明治・大正期のレズビアンサブカルチャーが独自に発展させた業界隠語として、戦後に再定着したとする説もある。いずれにせよ、性的役割の能動・受動を「ネコ・タチ」で対比する語法は、20 世紀後半の日本のセクシュアル・マイノリティ文化のなかで一般的に流通してきた。

レズビアン文脈での運用

現代日本のレズビアンコミュニティでは、ネコ・タチの語は世代差を伴って継承されてきた。1970-1990 年代の「Lの世界」『薔薇族』と並行して刊行されていた女性向け同性愛雑誌、たとえば『フリーネ』『カーミラ』などでは、ネコ・タチによる役割分担が読者投稿欄・体験記の中で常用語として現れた。

役割の内訳は次のように整理されることが多い。タチは外見上は男性的・中性的な装い、関係においてリードする側、性行為では能動的・愛撫する側を担う。ネコは外見上は女性的、関係では受身的、性行為では愛撫を受ける側を担う。両方の役割を文脈で切り替える「リバ(リバーシブル)」、どちらにも該当しない「ネクタチ(またはバーシブ)」のような中間的なポジションも、20 世紀末以降に語彙化された。

ただし、これらの役割は固定的・本質的なものではなく、関係性・気分・パートナーごとに流動的に切り替えられる文化的構築物として理解されている。2000 年代以降のクィア・スタディーズの普及により、ネコ・タチの二分法を再考する議論も英米のブッチ・フェムの議論と並行して進められている。

男性同性間文化との関係

ネコ・タチの語は、もともと陰間茶屋など男性同性間文化に源流を持つともされる。ただし、現代の男性同性愛者間では、性的役割を指す語として「タチ」「ネコ」よりも「タチ」「ウケ(受け)」「リバ(リバーシブル)」が一般的に用いられる。また、英語由来の「トップ」「ボトム」「バーシ」も並行流通する。

ネコの語が現代の男性同性愛者間で残るのは、レズビアン・サブカル経由で再流入したケースや、BLやおいなどの女性向け二次創作で使われる文脈に限られる傾向がある。とくに BL 文化では「受け」が標準語彙であり、ネコは古めかしいニュアンスを伴って稀に現れる程度である。

サブカル・成人向け表現での運用

レズビアン AV や百合系成人向け作品では、ネコ・タチの役割分担はパッケージ文・宣伝文のなかで頻繁に言及される。「ガチタチが美人ネコを攻める」「リアルなネコ・タチカップル」のような表現で、女優同士の役割関係を購買者に示す機能を果たす。ただし、商業 AV はジェンダー・セクシュアリティの再現性に必ずしも忠実ではなく、ヘテロセクシュアル男性視聴者向けに演出された「レズもの」では、本物のネコ・タチ役割分担がそのまま再現されているわけではない。

百合系商業漫画・小説では、ネコ・タチを明示的に語ることは比較的少ない。むしろ「凛々しい先輩」「素直で可愛い後輩」のようなキャラクター造形の中に、ネコ・タチ的役割が暗黙裡に分配されることが多い。読み手はキャラクターのファッション、話し方、態度から、どちらが攻め寄り・受け寄りかを読み取る。

ジェンダー論からの再考

ネコ・タチの二分法には、ジェンダー二元論を同性間関係に投影する性質があるという指摘が、ジュディス・バトラー以降のクィア理論の枠組みで継続的になされてきた。レズビアン関係をあえてヘテロセクシュアルなモデルで理解しようとする外部の視線、あるいは内部の自己理解も、こうした語法を支えている。

これに対して、2000 年代以降の若い世代のレズビアンコミュニティでは、ネコ・タチを使わない、あるいは使うとしてもジョークとして相対化する傾向が見える。一方で、コミュニティ内のアイデンティティ表明、パートナーマッチング、コミュニケーション省略の便宜として、依然有用な語であるという声もある。

関連項目

  • タチ ─ ネコと対をなす能動側の役割
  • レズビアン ─ 女性同性愛者一般
  • BL ─ 男性同性愛を主題化する女性向けジャンル
  • やおい ─ BL の先行ジャンル
  • 百合 ─ 女性同士の恋愛を主題化したサブカルジャンル

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参考文献

  1. McLelland, Mark 『Queer Japan from the Pacific War to the Internet Age』 Rowman & Littlefield (2005)
  2. クレア・マリィ 『レズビアンである、ということ』 明石書店 (2013)
  3. 武光誠 『日本男色物語: 奈良時代の貴族から明治の文豪まで』 カンゼン (2015)
  4. 『百合の真理―『百合』はどこから来てどこへ行くのか』 白夜書房 (2007)

別名

  • 受け
  • bottom
  • femme
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