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夜の地下鉄。座席に座る向かいの女性が、ふと足を組み替える。一瞬、黒のストッキングに包まれたふくらはぎの筋が光って、それから組み直されて隠れる。その一瞬を、何故か視覚が拾い、何故か脳の別の領域が反応する。あの一秒の身体記憶を後から追いかける欲望、それが フェティシズム の典型的な発火である。

フェティシズム(英: fetishism、仏: fétichisme、独: Fetischismus)とは、特定の対象・身体部位・素材・状況に対して、強く・恒常的に性的興奮を結びつける嗜好の総称である。日本語では略して「フェチ」と呼ばれ、「足フェチ」「匂いフェチ」「制服フェチ」のように対象を頭に付けて派生語が無数に作られる。

語源

「フェティシズム」の語は、ポルトガル語の feitiço(フェイティソ、魔術・呪符・人工物)に遡る。15 世紀後半、西アフリカ沿岸を訪れたポルトガル人航海者が、現地で崇拝の対象とされていた・木片・貝殻・像などの呪具を指して用いたのが始まりとされる。これがフランス語 fétiche、英語 fetish として人類学・宗教学の語彙となり、原初は「物神崇拝」(物体に神性を見出して崇拝する宗教的態度)という意味で流通した。

18 世紀のフランスの思想家 シャルル・ド・ブロス(Charles de Brosses)が著書『フェティシュ諸神の崇拝について』(1760 年)で初めて「フェティシズム」の語を学問的に定義し、原始宗教の研究に道を開いた。19 世紀にはカール・マルクスが『資本論』(1867 年)で「商品の物神性」(Warenfetischismus)として、資本主義経済のなかで商品が独立した魔術的価値を帯びる現象を分析している。

性科学への転用

「特定の対象に向けられる性的嗜好」としてのフェティシズムが定式化されたのは、19 世紀後半である。フランスの心理学者アルフレッド・ビネー(Alfred Binet、1857-1911)が 1887 年の論文『愛におけるフェティシズム』で、足・髪・手袋・靴などの特定対象に対する執着的な性愛を「病的フェティシズム」として記述したのが嚆矢である。

これを受けて、リヒャルト・フォン・クラフト=エビング(Richard von Krafft-Ebing、1840-1902)が大著『性的精神病理学』(Psychopathia Sexualis、1886 年初版、改訂を重ねて 1903 年第 12 版)で多数の症例を集積し、フェティシズム・サディズムマゾヒズム・同性愛などを「性的倒錯」の主要カテゴリーとして体系化した。これによりフェティシズムは医学的・法医学的な分類語として制度化される。

さらにジークムント・フロイトが 1927 年の論文『フェティシズムについて』で、フェティッシュは「母親に陰茎がない」という発見を否認するための象徴的代替物である、という精神分析的解釈を打ち出し、20 世紀の性心理学に決定的な影響を与えた。

現代の分類と脱病理化

20 世紀後半以降、性的多様性をめぐる議論の進展により、フェティシズムを「病理」として一律に扱う立場は後退した。アメリカ精神医学会の診断基準 DSM-5(2013 年)では、フェティシズムは「物体や非性器的身体部位への強い性的興奮」と定義され、ただしそれが本人や他者に苦痛・機能障害を生じさせる場合に限って「フェティシズム障害」(Fetishistic Disorder)として診断対象になる、という立場が採られている。同意ある成人間で行われる限り、フェチそのものは病気ではないという整理である。

現代日本の俗語としての「フェチ」は、医学的な意味からさらに薄まり、「特定の対象に強く反応する性的好み」程度の中立的な意味で流通している。「巨乳 フェチ」「眼鏡 フェチ」「匂い フェチ」など、対象を限定する派生表現は無数に存在し、AV の検索タグや同人作品のジャンル名としてフェチの細分化が極まっている。

対象の類型

学術的にフェチの対象は、おおよそ以下のカテゴリーに整理される。

身体部位フェチ(partialism)は、へそ など、性器以外の身体部位に強い性的執着を向けるタイプ。

物体フェチは、衣服(下着・ストッキング制服コスプレ衣装)、素材(革・ラテックス・絹)、装具(眼鏡・ハイヒール・手袋)など、本人から切り離された物に向かう嗜好を指す。

シチュエーション・フェチは、寝取られ露出羞恥支配/服従 など、特定の状況・関係性そのものに性的反応が結びつくタイプで、現代の AV ジャンルとほぼ重なる広い領域を形成している。

文化的位置

フェティシズムは病理から嗜好へと脱病理化されつつ、サブカルチャー内では細分化のエネルギー源として機能してきた。同人即売会の頒布物、AV のタグ検索、SNS のハッシュタグなど、現代の性表現の流通インフラはフェチによる分類検索を前提に組み立てられており、視覚文化のなかで「自分のフェチを発見する」「自分のフェチに合致する作品を探す」という消費行動が標準化された。

一方で、フェチの極端な細分化は、社会全体の性意識からの離脱(オタク的閉鎖性)や、特定対象への過剰な物象化として批判される場面もあり、文化論的・倫理的な議論は継続している。

関連項目

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参考文献

  1. 『フェティシズム』 Wikipedia 日本語版 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B7%E3%82%BA%E3%83%A0
  2. リヒャルト・フォン・クラフト=エビング 『性的倒錯』 翻訳: 黒澤良三, 講談社学術文庫 (2017) — 原書 Psychopathia Sexualis 1886
  3. ジークムント・フロイト 『フェティシズムについて』 翻訳所収: フロイト全集 19, 岩波書店 (2010) — 原論文 1927
  4. 『Fetishism — Etymology』 artscape 美術用語辞典 https://artscape.jp/artword/6653/

別名

  • フェティシズム
  • フェチ
  • fetish
  • fetishism
  • 性的フェティシズム
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