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平日の夜十時、駅前の交差点で、男が信号待ちをしている。背後から「ねえ、これから一杯どう?」と若い女の声が掛かる。男が振り返ると、見ず知らずの女が立っている。声を掛けたのは女のほうで、頷くか拒むかの選択は男に渡されている。立場は通常のナンパとそっくり反転している。逆ナン(ぎゃくなん)とは、女性が街頭・繁華街・酒場などの公共空間で、面識のない男性に声を掛けて性的接触や短期的な交際関係を持ちかける行為を指す俗語である。男性主導が暗黙の前提とされてきたナンパ文化の反転として「逆」を冠して呼ばれ、現実の性風俗的な現象を指す語であると同時に、AV やエロ漫画のジャンル呼称としても確立している。

語源と歴史

ナンパ」自体は、明治期の旧制高校生気質を二分した「軟派・硬派」の対比に由来し、女性に積極的に接近する若者気質を「軟派」と呼んだのが発端である。戦後にこの語が語化し、1970年代以降「街頭で女性に声を掛ける」行為そのものを指す動詞として定着した。「逆ナン」はこの行為の主体を男女入れ替えた派生語であり、用例は1980年代に確認される。バブル期(1986〜1991年)の都市夜遊び文化の中で、女性の側からも積極的に声を掛ける現象が観察されるようになり、若者誌や週刊誌の報道で「逆ナン」「逆ナンパ」の語が広まった要出典

俗な言い回しとしては「女ナン」「女ナンパ」も並行して用いられたが、語の短さと響きの良さから「逆ナン」が定着した。1990年代後半以降のギャル文化、2000年代以降の出会い系サイト、2010年代のマッチングアプリと、女性側からの能動的接近が制度化されていく中で、街頭での声掛けという古典的な「逆ナン」のかたちは相対的に縮小していった。

現実の現象としての逆ナン

現実の逆ナンは、ナンパに比して圧倒的に発生数が少ない。街頭の声掛けは社会的なリスク(犯罪被害、評判の毀損、相手による拒絶の体面コスト)を伴い、女性側がそのリスクを取ってまで街頭で声掛けする動機が、男性側ほど強く成立しないためである。実際に起きる逆ナンは、酒場やクラブ街コンなど、ある程度クローズドな空間での「次の店どう?」「飲み直そう」という形が多く、純粋な路上声掛けは稀である要出典

例外的に逆ナンが日常化する場面として、一部の観光地や歓楽街がある。海外からの旅行者向けの繁華街、外国人男性をターゲットにした地域では、女性側からの声掛けが観察される。ただしこの場合、声掛けの主体には性風俗業従事者や、関係性を媒介に金銭授受を期待する者が混在しており、純粋な意味での「対等な男女関係を求めた声掛け」とは区別される。

AV ジャンルとしての確立

現実世界での発生頻度の低さに対し、AV やエロ漫画における「逆ナン」は確立した一ジャンルとして繁栄している。1990年代後半以降、痴女系作品の隆盛と並行して、出演女優が街頭や公共空間で素人男性風の出演者に声を掛けるという形式の作品が量産された。「素人逆ナン」「OL 逆ナン」「人妻逆ナン」など、声掛け女性の属性を冠したシリーズが多数存在する。マジックミラー号系の派生として、「女性側がモニター越しに男性を観察し、気に入った相手を選んで声を掛ける」という設定の作品もある要出典

このジャンルの人気は、現実の希少性と裏腹の関係にある。「街中で見知らぬ女性から性的に求められる」という、現実ではほぼ起こらない出来事を擬似的に体験させる装置として機能する。男性視聴者にとって、ナンパが「成功率の低い能動的努力」であるのに対し、逆ナンは「自分の選択や努力なしに相手から求められる」受動的願望の充足装置となる。同人音声でも「逆ナンされた」シチュエーションを描いたシチュエーションボイスが安定したジャンルを形成している。

関連語との差異

ナンパとの対比は性別反転にとどまらない。ナンパが男性側のスキル・話法・成功率という能動性の文脈で語られるのに対し、逆ナンは「されたかどうか」という受動的な体験の文脈で語られる傾向がある。「ナンパした」と「逆ナンされた」の主語位置の違いに、両概念の非対称性が露出している。

出会い系・マッチングアプリとは、行為の場面が異なる。出会い系は事前に「出会いを目的とする」という共通了解がある場で発生するのに対し、逆ナンは目的を共有しない不特定多数の中から声を掛けるという点で、より偶発性が高く、現実での成立難易度が高い。同様にパパ活とも区別される。パパ活は金銭授受を前提とする関係性であり、逆ナンの「対等な男女としての出会い」というフレームから外れる。

受容心理

逆ナンが嗜好の対象として安定した需要を持つのは、男性の性的願望における受動性の側面に応えるためである。一般に男性の性愛は能動的役割を期待される文化圏が多いが、その期待が常に当人の欲求と一致するわけではない。「自分から動かなくても相手が選んでくれる」「自分の魅力を相手が一方的に評価してくれる」という受動的承認願望は、男性側にも普遍的に存在する。逆ナン作品はこの願望に明確に応える設計を持つ要出典

加えて、逆ナンを仕掛ける女性側の像にも一定の固定観念がある。性的に積極的で、行動力があり、相手を選び取る視線を持つ女性。この像は痴女肉食系などのキャラクター属性と地続きで、女性主導の性愛シーンを提供する装置として機能している。

関連項目

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参考文献

  1. 永井良和 『ナンパの社会学』 世界思想社 (2003)
  2. 『現代用語の基礎知識』 自由国民社 (2010)
  3. 上野俊哉 『若者文化のフィールドワーク』 勁草書房 (2008)

別名

  • 逆ナンパ
  • 女ナンパ
  • reverse pickup
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