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ある中学校の保健の授業。教師は受精の仕組みを説明する手前で章を飛ばす。「ここは扱わないことになっています」と言って、次のページの「思春期の心の変化」に進む。生徒たちはノートを取りながら、肝心の部分が伏せられたことに気づいている。これが平成期の日本の標準的風景であった。明治・大正期の性病教育から始まった日本の性教育は、戦後・昭和・平成・令和を通じて、推進と抑制の振り子を行き来してきた。

性教育史(せいきょういくし)とは、日本における性教育の歴史的展開を扱う通史的概念である。明治期の生殖衛生教育、戦後の純潔教育、1970 年代の性教育改革、1990 年代後半のエイズ予防教育、2000 年代の性教育バッシング、2020 年代の包括的性教育議論に至る一連の段階を経て、推進派・慎重派・規制派の対立構造のもとで展開してきた領域である。本項では各時期の主要事象、関連法制度、論争の構造を扱う。

明治・大正期: 性病教育の起源

日本における近代的性教育の起源は、明治期の性病対策にある。1900 年代から軍隊・男子学生に対する花柳病(性病)予防教育が開始され、生殖衛生・性病罹患の医学的側面を扱う公衆衛生教育として整備された要出典。森鴎外『ヰタ・セクスアリス』(1909)が発禁処分を受けたことに象徴されるように、この時期の性教育は専ら衛生学的観点に限定され、性愛の心理的・倫理的側面は教育課題に含まれなかった。

大正期には女性誌・育児書の領域で、母性教育の一環として性に関する記述が増加した。山本宣治(1889-1929)の性教育講演活動は、産児調節・避妊知識の普及を含む先駆的取り組みであったが、特高警察の監視下で 1929 年に暗殺された経緯を持つ。

戦後初期: 純潔教育の時代

第二次大戦敗戦後の 1947 年、文部省社会教育局長は「純潔教育の実施について」と題する通達を発出し、戦後初期の性教育の基本方針を「純潔の保持」に置いた。占領期 GHQ の影響下で性病・売春問題が社会的課題となり、純潔の維持を中核とする倫理教育として性教育が制度化された経緯を持つ。1949 年「純潔教育委員会」設置を経て、各都道府県での純潔教育推進体制が整備された。1972 年には文部省局長裁定「純潔教育と性教育の関係について」が発出され、両概念の同義化が公式に表明されている。

純潔教育期の特徴は、性を主に「警戒すべき領域」として扱う点にある。性病予防・婚外性関係の回避・男女の倫理的距離保持といった規範的内容が中核を占め、性に関する科学的知識の体系的提供は後回しにされた。茂木輝順『純潔教育の時代』(2014)が同時期の制度史を体系的に記述している。

1970 年代: 性教育改革と「性教育元年」

1970 年代に入り、純潔教育批判と性教育改革の動きが本格化した。1972 年に日本性教育協会(JASE)が設立され、科学的・人権的観点を中核とする性教育の体系化が進められた。同協会は調査研究・教材開発・国際交流を通じて、新しい性教育のモデルを提示した。1982 年には山本直英・高柳美知子・村瀬幸浩らによって「“人間と性”教育研究協議会」(性教協)が発足し、現場教師の研修・教材開発の中核を担った。

1979 年は日本の「性教育元年」と呼ばれることがある要出典。性教育改革派が純潔教育からの転換を図り、月経・射精・受胎・避妊といった生殖科学を体系的に教える教材を整備した時期である。同時期、学習指導要領(1977 年改訂)に「思春期の体の変化」「受精」が明記され、現代に続く性教育の基本枠組が成立した。

1990 年代: エイズ予防教育の制度化

1980 年代後半から 1990 年代の HIV/AIDS 危機は、日本の性教育を制度的に推進する転機となった。1990 年代前半、文部省は「エイズ予防教育」を学校教育に組み込む方針を打ち出し、性感染症予防・コンドーム使用・性的接触の科学的理解を含む内容が、保健体育の枠組で実施されるようになった要出典

同時期、性教育協議会・現場教師による教材開発が活発化し、養護学校・特別支援教育の領域でも障害者の性に関する教育が体系化された。後述する七生養護学校(東京都日野市)の性教育実践は、知的障害児に対する具体的・体系的な性教育として国内外から評価されていた。

2000 年代: 性教育バッシング

2003 年、東京都議会・産経新聞による「七生養護学校事件」が発生した。同校の性教育教材(性器付き人形等を含む具体的教材)が「過激な性教育」として批判の対象となり、東京都教育委員会は教材没収・教師処分を実施した。同年、関係者が訴訟を提起し、2009 年東京地裁は教材没収・教師処分を違法と認定する判決を下した(2013 年最高裁で確定)。

七生養護学校事件は単発の事案ではなく、2000 年代を通じて全国で展開された性教育バッシングの象徴的事例である。山谷えり子・産経新聞・新しい歴史教科書をつくる会等の保守系団体・議員が、性教育の「過激化」を批判する論陣を張り、現場教師の萎縮を招いた。同時期に学習指導要領(1998・2003 年改訂)では「止め規定」が強化され、「性交を扱わない」「妊娠の経過を取り扱わない」とする制約が明文化された要出典

『性教育バッシング』(浅井春夫・北村小夜編、2003)が同時期のバッシングの全体像を記録している。バッシング期は学校現場の性教育を構造的に縮減させ、その影響は 2010 年代まで続いた。

2010 年代-2020 年代: 包括的性教育への転換議論

2010 年代後半以降、UNESCO『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』(2009 初版、2018 改訂版)の翻訳・普及を契機に、「包括的性教育」(comprehensive sexuality education, CSE)の導入議論が活発化した。性的同意・ジェンダー多様性・対人関係・暴力防止教育を含む広い射程の性教育を求める動きが、教育研究者・市民団体・現場教師から提起されている。

2020 年「生命(いのち)の安全教育」が文部科学省・内閣府の連携で開始された。性犯罪・性暴力対策の一環として、幼児期からの段階的教育プログラムが整備された。これは性教育の包括的拡大ではなく、性暴力被害予防に焦点を絞った限定的施策ではあるが、戦後以来の性教育の枠組みを実務的に変える契機として位置づけられる要出典

「歯止め規定」の見直し議論も継続的に提起されている。中学校学習指導要領(2017 年改訂)では引き続き「妊娠の経過は取り扱わない」と明記されており、性交渉の科学的説明が学校教育の標準カリキュラムから除外された状態が続いている。これに対する見直し議論は、研究者・市民団体・一部議員から繰り返し提起されている。

国際比較

日本の性教育は、北欧諸国(スウェーデン・フィンランド)・オランダ・ドイツ等の包括的性教育先進国と比較して、内容の制限が大きい状態にあると評価されている。UNESCO ガイダンスとの乖離が継続的に指摘されており、国際的な性教育水準とのギャップが日本の課題として共有されている要出典

英米圏では宗教的影響(米国の純潔教育運動)、リベラル運動の進展(2010 年代以降の包括的性教育法制化)等の動向があり、日本の性教育論議も国際的潮流の影響下で展開している。

関連論点との接続

性教育史は漫画規制論争近代漫画規制史表現の自由論争と隣接する論点として展開してきた。学校教育における性表現と、商業出版・サブカルチャーにおける性表現は、別の制度枠組のもとで扱われるが、両領域とも「性に関する情報をどこまで公的に許容するか」という共通の論争軸を持つ。

古代の性文化江戸期性文化等の前近代における性に関する知の伝達は、家庭内・地域共同体・遊郭等のインフォーマルな経路で行われており、近代以降の学校教育による標準化以前の歴史を構成している。

関連項目

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参考文献

  1. ユネスコ 編 『国際セクシュアリティ教育ガイダンス【改訂版】』 明石書店 (2020)
  2. 橋本紀子、田代美江子、関口久志 編 『ハタチまでに知っておきたい性のこと』 大月書店 (2017)
  3. 浅井春夫、北村小夜 ほか 『性教育バッシング: 七生養護学校事件と歴史教科書攻撃』 大月書店 (2003)
  4. 今田絵里香 『近代日本の性教育』 勁草書房 (2017)
  5. 『中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 保健体育編』 文部科学省 (2017)
  6. 茂木輝順 『純潔教育の時代―戦後日本における性教育の起源』 教育評論社 (2014)

別名

  • 性教育の歴史
  • 日本の性教育史
  • history of sex education in Japan
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