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戦前の出版法。戦時下の検閲。戦後の焼却運動。条例。包括指定。非実在青少年。児童ポルノ法。それぞれの時期に、漫画というメディアが何かを「危険」として名指され、規制の対象とされてきた。日本における近代漫画の歩みは、自由な発展と継続的な規制圧力の押し合いによって輪郭を作られてきた。

近代漫画規制史(きんだいまんがきせいし)とは、明治期の近代出版制度の確立から現代に至るまでの、日本における漫画(風刺画・劇画・少年誌・青年誌・成人向け漫画・同人誌の各形態を含む)に対する規制の歴史的展開を扱う通史的概念である。本項では戦前の出版検閲、戦後初期の悪書追放運動、青少年健全育成条例、有害コミック論争、非実在青少年論争、児童ポルノ法改正論議までの一連の段階を扱う。論争の構造的分析は漫画規制論争の項に委ね、本項は時系列の整理を主目的とする。

戦前: 出版法と特高検閲

明治期に成立した近代出版制度のもと、漫画も他の出版物と同様に検閲対象であった。1893 年(明治 26 年)の出版法、1909 年(明治 42 年)の新聞紙法、1925 年(大正 14 年)の治安維持法による包括的言論統制のもとで、風刺漫画・劇画・成人向け艶本は規制の対象となった要出典

明治期の風刺画家(本多錦吉郎・河鍋暁斎・小林清親等)は、政府批判を含む風刺漫画を発表し、しばしば発禁・罰金処分を受けた。岡本一平『漫画太郎』(1923-1925)等の昭和初期漫画は、政治・社会風刺を扱うことで複数回の処分を受けている。

1937 年(昭和 12 年)以降の戦時統制期には、内務省・陸軍省による出版物の事前検閲が強化された。漫画雑誌は紙不足による統廃合(1940 年「雑誌統制」)、用紙配給制限による発行制約を受け、戦時翼賛色の強い作品のみが発行を許される状況に至った。長谷川町子『サザエさん』の戦時中の発表(1946 年連載開始だが原型は戦時下)、田河水泡『のらくろ』の戦時動員的展開等が、当時の表現環境の制約を反映している。

1945-1955 年: 占領期と表現空間の再開

第二次大戦敗戦後、GHQ 占領期(1945-1952)の検閲制度はプレスコード(1945)・ラジオコード(1945)による事前検閲を経て、1949 年に事後検閲に移行した。占領期検閲は政治的内容(占領批判・天皇制批判・原爆関連)を主対象としたが、性的内容に対する直接の規制は限定的であった要出典

戦後初期の貸本漫画・カストリ雑誌は、戦時統制の解除を背景に活発化した。手塚治虫『新宝島』(1947)を契機とする戦後ストーリー漫画の興隆、辰巳ヨシヒロらの「劇画」運動、貸本漫画市場の拡大が、1950 年代の漫画文化の基盤を形成した。同時期、大人向けエロ漫画の前史となるカストリ雑誌・春画の流通が地下経路で継続している。

1955-1970 年: 悪書追放運動と青少年保護の制度化

1955 年(昭和 30 年)の「悪書追放運動」は、戦後初期の母の会・PTA・教育団体を中心に展開された大衆運動である。貸本漫画・少年雑誌の暴力描写・性的描写を「悪書」として批判し、焼却・販売自粛を求める運動として、東京都・大阪府・兵庫県等で組織的に展開された。同運動は子ども漫画界に強い萎縮効果を及ぼし、出版業界による自主的な内容調整の契機となった。

1964 年(昭和 39 年)、東京都は青少年の健全な育成に関する条例を制定した。同条例は不健全図書類の指定制度を設け、指定図書の青少年への販売・貸与を禁ずる行政規制の枠組みを確立した。これは漫画への直接規制ではないが、後の有害コミック論争・非実在青少年論争の制度的土台を成す。同条例は累次改正を経ながら、戦後の漫画規制の中核制度として機能し続けた。

1970-1989 年: 青年誌・成人向け漫画の確立期

1970-1980 年代を通じて、漫画は子ども向けジャンルから青年向け・成人向けジャンルへと拡張した。劇画誌・青年誌・成人向け漫画雑誌の発行が活発化し、表現の幅が広がった一方、成人向け作品が一般流通網に置かれることへの批判も顕在化した。永井豪『ハレンチ学園』(1968-1972)は、性的描写を含む少年誌掲載作品として PTA・教育団体から批判の対象となり、漫画規制論の象徴的争点となった要出典

1980 年代に入り、成人向け漫画雑誌が独立ジャンルとして確立した。『漫画ホットミルク』(1986)、『COMIC LO』『COMIC 阿吽』等の創刊が、現代のエロ漫画市場の前史を成している。同時期、コミックマーケット(1975 年第 1 回開催)を中心とする同人誌即売会の興隆により、商業流通から独立した表現空間が拡大した。

1990-1992 年: 有害コミック論争

1990 年代初頭の有害コミック論争は、現代日本における漫画規制論争の起点として位置づけられる。和歌山県の PTA 関係者の問題提起を端緒に、自民党の議員連盟「青少年に有害な環境への対応を考える会」が組織され、警察庁・総務庁(現内閣府)が中心となって各都道府県に有害図書類指定強化を要請する動きが広がった。

1991 年、各都道府県の青少年健全育成条例改正が連鎖的に進み、東京都は包括指定方式(性的描写・暴力描写の量・程度に基づく機械的指定)を導入した。これに対し、漫画家・編集者・読者を中心に「コミック表現の自由を守る会」が結成され、抗議集会・声明発表・署名活動を展開した。

論争の帰結として、出版業界は自主規制の枠組みを整備した。出版倫理協議会(出倫協)を中心に、成人向け漫画への「成人向けコミック」マーク表示、シュリンク(透明フィルム)包装、コンビニエンスストア向けの陳列基準が順次整備された。長岡義幸『「自主」規制の構図』(2010)が同時期の自主規制制度の構築過程を批判的に記述している。

1999 年: 児童買春・児童ポルノ法制定

1999 年(平成 11 年)、児童買春・児童ポルノ禁止法(児童ポルノ法)が制定された。同法は実在児童を被写体とする性的記録物の製造・提供を犯罪化したが、当初は漫画・アニメ・CG を規制対象に含めなかった。これは、立法過程で創作物への規制拡張に対する出版業界・作家・人権団体・法学者からの反対が反映された立法的判断である。

その後の 2004 年改正・2014 年改正の各局面で、漫画・アニメ・CG を規制対象に含める議論が継続的に提起されたが、最終的に創作物は規制対象に含まれない形で立法が確定した。2014 年改正の附則において「漫画、アニメーション、コンピュータゲームの実在の児童に対する影響に関する調査研究」を行う旨が規定された要出典

2010 年: 非実在青少年論争

2010 年(平成 22 年)、東京都青少年健全育成条例改正案に「非実在青少年」概念が含まれ、大規模な非実在青少年論争が発生した。当初案は「年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人物が登場する場面の状況に対する判断」によって 18 歳未満として表現されていると認識される者の性的描写を規制対象とするもので、実在児童保護から創作物それ自体の規制への射程拡張を含意していた。

出版業界・漫画家・批評家・法学者から強い反対が表明され、永井豪・ちばてつや・里中満智子・竹宮惠子・さいとう・たかを・山本直樹・藤本由香里らの著名作家が反対を表明した。3 月の都議会で当初案は否決され、6 月の修正案は「非実在青少年」の文言を削除し、「刑罰法規に触れる性交又は性交類似行為」「婚姻を禁止されている近親者間における性交又は性交類似行為」を「不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現した」図書類を指定対象とする形に修正された。修正案は 12 月に可決・成立、2011 年 7 月から全面施行された。

2010 年代: コンビニエンスストアにおける成人誌販売停止

2010 年代後半から、コンビニエンスストア各社が成人向け雑誌の販売停止を順次決定した。セブン-イレブン・ジャパン、ローソン、ファミリーマートが 2019 年 8 月末をもって成人向け雑誌の取扱いを停止した。これは法令による直接規制ではなく、企業の自主的判断であるが、東京 2020 オリンピック・パラリンピック開催に向けた「公共空間の品位保持」「インバウンド観光客への配慮」が公式理由として表明された要出典

成人向け雑誌の流通網はコンビニ撤退により大幅に縮小し、書店・専門店・ネット通販に集約された。これは法令外の自主規制が、出版業界の流通構造そのものを構造的に変える事例として記録される。

2020 年代: AI 生成・配信規制論

2020 年代に入り、AI 生成画像・配信プラットフォームでの成人向けコンテンツ規制が新たな論点となった。Visa・Mastercard 等のクレジットカード決済会社が、Pornhub 等のプラットフォーム上の特定コンテンツへの決済停止を行った 2020 年前後の事案、Apple・Google の各アプリストアによる成人向けコンテンツの審査強化等が、海外発の規制圧力として日本市場に影響している要出典

国内ではAV 新法(2022)の制定が、成人向け映像分野での新たな規制枠組みとして位置づけられる。漫画分野では引き続き法令外の自主規制と業界倫理が中核を成す状態が続いている。

通史的特徴

近代漫画規制史を通観すると、いくつかの構造的特徴が浮かび上がる。第一に、規制の主体が政府による直接規制から、自治体条例・業界自主規制・市場プレーヤーによる流通制約へと、時代を追って分散化してきた点である。第二に、規制の論拠が「青少年保護」を中核に置きつつも、時期ごとに「悪書」「不健全」「非実在青少年」「公共品位」といった異なる修辞で正当化されてきた点である。第三に、規制と表現の自由の対立構造が、出版業界・作家・批評家・法学者を横断する人的ネットワークの形成を促し、現代の表現の自由論の主体的基盤を成している点である。

関連項目

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参考文献

  1. 長岡義幸 『「自主」規制の構図―売れない本の作られ方』 現代人文社 (2010)
  2. 米沢嘉博 『戦後エロマンガ史』 青林工藝舎 (2010)
  3. 長岡義幸 『有害コミック撲滅!?―どう考える「子どもを守る」とマンガ表現』 現代人文社 (2003)
  4. 山口貴士 『マンガと法律』 創出版 (2010)
  5. 米沢嘉博 『戦後マンガ50年史』 筑摩書房 (1995)
  6. 山口貴士、永山薫 ほか 『非実在青少年論争―東京都青少年健全育成条例改正をめぐって』 創出版 (2010)

別名

  • 漫画規制史
  • マンガ検閲史
  • history of manga regulation
  • history of manga censorship
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