仰向けに寝た女が、両脚を高く挙げて左右に大きく広げる。脚は腰の高さを越え、ほぼ直角に近い角度まで開いていく。男はその開かれた脚の中央に身体を重ね、両手で女の足首を支える。畳の上に二つの三角形が描かれる。江戸の絵師は、この左右対称に広がる脚の輪郭を、夏の庭に翅を広げる揚羽蝶の姿に重ねた。揚羽本手(あげはほんて)とは、江戸期に体系化された四十八手の一つで、対面正常位において被挿入側が両脚を蝶の翅のように高く広げる本手系の派生形態の異称である。
概要
揚羽本手は、対面正常型(本手)の派生体位のうち、被挿入側の両脚を 90 度近くまで開いて高く挙上する形態を指す。被挿入側は仰臥位を取り、両膝を伸ばしたまま、または軽く屈曲した状態で両脚を斜め上方に広げる。挿入側は両脚の中央に身体を寄せ、両手で被挿入側の足首・脛・大腿などを支持して開脚位置を固定する。両脚の輪郭が画面上で左右対称の三角形を描き、その全体が一頭の揚羽蝶の翅を広げた姿に類似する。
四十八手における揚羽本手は、本手(基本的対面正常型)の一派生型として位置づけられ、独立の中核体位ではなく、本手の応用変奏として理解される。同様に本手の派生型として「観音開き」「しがらみ」「立ち花菱」などが知られるが、揚羽本手は開脚角度の強調と画面美の左右対称性を特徴とする。
挿入は本手系統の中でも特に深く、被挿入側の骨盤前傾と挿入側の腰部前進が組み合わさることで、奥深くまで結合する。江戸艶本の文章解説においては、揚羽本手が「深きを楽しむ手」「奥を極める手」として紹介される事例があるとされる要出典。
語源
「揚羽本手」の名は、揚羽蝶(アゲハチョウ科の鳥蝶類)の翅形と、本手(対面正常位)との合成として成立した。揚羽蝶は日本の代表的な大型蝶であり、夏の庭園・野山に普通に見られる存在として、和歌・俳諧・浮世絵の伝統的素材であった。揚羽蝶の翅は左右対称に大きく開き、黒地に黄色・青の文様を持ち、優雅な飛翔形態で知られる。
江戸の艶本作家たちは、両脚を高く広げた被挿入側の姿が揚羽蝶の翅を広げた姿に類似することに着目し、本手の派生型に「揚羽」の冠称を与えた。命名の操作は、自然界の優美な昆虫と性愛場面の身体配置とを並列に置く美的観察であり、四十八手の命名原理(自然物・道具・所作・感情の借用)の典型例である。同様に蝶を冠する命名としては「胡蝶の手」(蝶々返し)、「揚羽の蝶」などの異称があり、いずれも開脚を強調する体位を蝶の翅形に重ねる発想に基づく。
「本手」の語は、四十八手における基本対面正常位を指す古典的呼称で、現代の正常位に対応する。本手は四十八手の出発点・基準点として位置づけられ、他の体位は本手からの変奏として理解される。揚羽本手は本手の冠称付き派生として、本手の幾何学的構造を維持しながら開脚角度を強化した形態を指す。
英語圏に直接対応する成句はなく、現代の英訳では butterfly position あるいは spread missionary と機能的に翻訳される。フランス語の la position du papillon も同様の構造を指し、蝶を性愛体位に重ねる比喩は文化を越えて広く見られる。
歴史
本手の成立と揚羽本手の派生
四十八手における本手は、菱川師宣『恋のむつごと四十八手』(1670 年代)以来、対面正常型を指す中核的呼称として艶本に定着していた。揚羽本手の名がいつ艶本に明示的に現れたかは確定されていないが、江戸後期の四十八手系艶本においては開脚角度を強調する派生型に複数の呼称(揚羽・胡蝶・観音開き・大の字)が併存しており、これらの間に明確な境界は設定されていなかったとされる要出典。
江戸後期の艶本における揚羽本手
喜多川歌麿『歌まくら』(1788)、葛飾北斎『喜能会之故真通』(1814)、歌川国貞の艶本群においては、揚羽本手的構図(高開脚の対面正常位)が頻出する。歌麿の揚羽本手は、被挿入側の白い肌と挙げた脚の伸びやかな線、衣装の襞の流れが画面構成の中軸を成す。北斎の揚羽本手は、画面を斜めに走る両脚の輪郭線が幾何学的構成の核として機能する。国貞の揚羽本手は、群像構成の中で物語的展開と組み合わされ、人物の表情と発話が画面内に書き込まれる傾向が強い。
渓斎英泉『閨中紀聞 枕文庫』(1822)においては、揚羽本手が本手の応用形として解題され、文章解説では開脚角度の調整による結合深度の制御が記述されているとされる要出典。英泉の艶本は性愛百科の体裁をもち、各体位の身体運動学的特徴を解析的に記述する点で、他の春画作家と一線を画していた。
観音開きとの関係
四十八手における揚羽本手と観音開きは、しばしば類縁の体位として相互に言及される。両者はいずれも対面正常位の高開脚派生型であり、画面構成上もきわめて近似する。両者の差異は厳密には設定されておらず、艶本ごとに同一構図に異なる名が与えられる事例も多い。一般的な区別の試みとしては、揚羽本手は両脚を斜め上方に広く開く形を強調し、観音開きは膝を屈曲させて股関節を強く外旋させる形を強調する、という説明が可能であるが、これも絶対的境界ではない要出典。
近代以降の継承
明治以降、艶本の地下化と近代医学・性科学の用語整備により、揚羽本手を含む四十八手の固有名は学術的・公的な文脈から退場した。本手系統の派生体位は、近代の性科学において「正常位の変形」「リトリブ位(両脚屈曲挙上)」などの分類用語で記述され、揚羽本手の典雅な命名は文学的・古典的文脈にのみ存続した。
解剖学的特徴と身体運動
揚羽本手の体位は、対面正常型の幾何学的構造を維持しつつ、被挿入側の両脚を高度に開脚することで結合深度を増す形態である。具体的な姿勢条件は次のようなものである。
第一に、被挿入側は仰臥位を取り、骨盤を軽く前傾させる。第二に、両脚を 60 度から 90 度の範囲で挙上し、左右に広く開く。第三に、両膝は伸展位、または軽度屈曲位を取る(深く屈曲させると観音開きと区別がつかなくなる)。第四に、挿入側は両脚の間に身体を寄せ、両手で被挿入側の足首・脛・大腿のいずれかを支持して開脚位置を維持する。
挿入角度と深度は、被挿入側の骨盤前傾と挿入側の腰部前進の組合せにより制御される。両脚の挙上は被挿入側の骨盤を自動的に前傾させる作用をもち、その結果、結合は本手(基本対面正常位)よりも深くなる。挿入側の腰部運動は前後動を主体とし、回旋・上下動の自由度はやや制限される。
被挿入側の負荷は、両脚の挙上を維持する大腿四頭筋・腸腰筋の持続的収縮に集中する。この負荷を軽減するため、挿入側が両手で脚を支持する所作が標準となる。江戸艶本における揚羽本手の図像が、しばしば男の両手が女の足首・脛をつかむ構図で描かれるのは、この身体力学的要請への絵師の理解を反映している。
現代における扱い
現代正常位の派生としての位置
現代の成人映像作品において、揚羽本手の名は固有名としては流通していないが、身体配置としては「マンぐり返し」(被挿入側の両脚を頭側に倒す)を除く高開脚正常位の総体として頻繁に映像化されている。「正常位の脚開き」「マスト・ポジション(脚を持ち上げる正常位)」などの撮影用語で呼称されることが多い。
マンぐり返しとは異なり、揚羽本手では被挿入側の脚は左右に広げられるのみで頭側には倒されない。両者は隣接する体位群を成すが、画面構成上の効果は明確に異なる。揚羽本手は左右対称の蝶形を強調し、マンぐり返しは縦長の倒立形を強調する。
同人誌・成人向け漫画における頻出
成人向け漫画・同人誌の領域においては、高開脚正常位の構図が極めて頻繁に用いられる。両脚を広く開いた構図は、画面の中央に被挿入側の身体を配置し、左右対称の三角形構成により読者の視線を中央に集める効果をもつ。江戸春画における揚羽本手の構図的伝統は、現代漫画における高開脚正常位描写の遠い起源として連続性を保っている。
時代劇・古典回帰作品における引用
時代劇仕立ての成人作品、春画再現を主題とする美術系作品においては、揚羽本手の名が固有名詞として登場する事例がある。古典回帰の演出意図と結びついて、四十八手の各名が現代作品に挿入される構造である。
関連項目
最終更新
参考文献
- 『艶本研究』 河出書房新社 (1976) — 本手系四十八手の図像分類
- 『春画の色恋 江戸のむつごと「四十八手」の世界』 講談社学術文庫 (2015)
- 『閨中紀聞 枕文庫』 (1822-1832) — 揚羽本手を含む本手系派生体位の解説
- 『春画の見方』 平凡社 (2008)
- 『江戸艶本研究』 河出書房新社 (1988-1990)
別名
- 揚羽の本手
- 揚羽本手の体位
- あげはほんて