結合をそのまま保ったまま、女が体を半回転させる。さっきまで向き合っていたはずの二人が、いつのまにか同じ方向を向いている。さらに半回転すれば元に戻り、もう半周すれば再び背を向け合う。江戸の絵師たちはこの連続運動に、阿波の海峡で渦を巻く潮流の名を与えた。鳴門巻き(なるとまき)とは、江戸期に体系化された四十八手の一つで、結合を保ったまま両者が身体を回転させて体位を連続的に切り替える変則的体位の異称である。
概要
鳴門巻きは、四十八手のなかで「動作型」に分類される代表的な手の一つである。固定された一つの身体配置を指すのではなく、複数の体位間を結合解除なしに連続移行する所作そのものを指す。典型的な進行は、対面型(本手・茶臼)から開始し、被挿入側または挿入側のいずれかが体軸を中心に回転して、後背型(背面型)あるいは側位型に移行し、さらに回転を続けて元の対面型に復帰する、という一連の旋回運動である。
四十八手における鳴門巻きは、本手・茶臼・松葉崩しのような静的体位と異なり、運動の連続そのものに固有名を与えている点で命名の特殊性をもつ。江戸艶本の図譜は静止画であるため、鳴門巻きの図像化には連続する複数コマで同一の二人を描く手法、あるいは中間段階の一場面を選んで動作の方向を画面内の身体線で示唆する手法などが用いられた。
実演には両者の身体軸の同期と高度な結合維持技術が要求される。回転中に結合が外れない条件として、挿入側の屹立の維持、被挿入側の骨盤の柔軟性、両者の体重・体格の相対的均衡が必要となる。江戸艶本の文章解説においても、鳴門巻きは「達者の手」「巧みの手」として紹介され、初心者向けの体位ではないとされる要出典。
語源
「鳴門巻き」の名は、徳島県と兵庫県淡路島の間の鳴門海峡に発生する渦潮(鳴門の渦潮)に由来する。鳴門海峡は瀬戸内海と紀伊水道の潮流の干満差により、満潮・干潮時に大規模な渦潮が発生することで古来より知られ、和歌・俳諧・名所図会の伝統的素材として広く流通していた。安藤広重『六十余州名所図会』にも鳴門の渦潮が描かれている。
江戸の艶本作家たちは、結合を保ったまま身体を回転させる運動と、海峡で渦を巻く潮流の旋回運動との形式的類似に注目し、この体位に「鳴門巻き」の名を与えた。命名の操作は、自然界の壮大な水力現象と性愛場面の身体運動とを並列に置く諧謔的観察であり、四十八手の命名原理(自然物・道具・所作・感情の借用)の典型例である。
なお、料理の「鳴門巻き」(蒲鉾の表面に渦巻き模様を施した加工品)も同じ鳴門の渦潮に由来するが、料理の鳴門巻きが食品の文化史に定着したのは江戸後期から明治期にかけてとされ、四十八手の鳴門巻きとは並行する命名であって、両者の間に直接の派生関係はないと考えられる。
英語圏に直接対応する成句はなく、現代の英訳では rotating position あるいは spiral position と機能的に翻訳される。インドの『カーマスートラ』にも体位移行の連続所作を扱う章はあるが、鳴門巻きのような単一名称で運動を括る命名は日本独自と思われる要出典。
歴史
江戸艶本における鳴門巻き
鳴門巻きの名が艶本に登場した時期は明確ではないが、江戸後期の四十八手系艶本にはすでに「鳴門」「鳴門巻き」「渦潮」などの呼称で類似の動作型体位が記述されているとされる要出典。
葛飾北斎の艶本群においては、結合維持下の身体回転を示唆する複数コマ構図が散見される。これらは厳密に「鳴門巻き」と銘打たれているわけではないが、画面構成上、二人の身体が連続的に回転していく動作を一画面または連続画面に収める試みとして注目される。歌川国貞の艶本においても、群像構成の中に体位移行の場面が組み込まれ、物語的展開のなかで鳴門巻き的所作が描写された事例があるとされる。
渓斎英泉『閨中紀聞 枕文庫』(1822)においては、性愛百科の体裁に即して、複数の体位を結合維持のまま連続移行する技法が解説されており、その中に鳴門巻きの記述が含まれるとされる要出典。英泉の艶本は、医学書・性愛書の翻訳的構成をもつ点で他の春画作家と異なり、動作型体位の運動学的特徴を文章で詳述する傾向が強かった。
江戸の俗信・諧謔における引用
鳴門巻きの名は、艶本の領域を越え、江戸の川柳・笑話・洒落本にも転用された。「鳴門巻き 渦に巻かれて 朝寝かな」のような句形において、鳴門巻きは性交の長時間化と疲労困憊を諧謔的に表現する素材として機能した要出典。鳴門の渦潮が船を巻き込む海難の象徴として知られていた事情が、性交の没我・忘我状態の比喩としての含意を強化していた。
近代以降の縁辺化
明治以降、艶本の地下化と近代医学・性科学の用語整備により、鳴門巻きを含む四十八手の固有名は学術的・公的な文脈から退場した。動作型体位は近代の性科学において独立の分類軸として扱われず、「体位移行」「ポジション・チェンジ」などの一般語で記述されるに留まった。
解剖学的特徴と身体運動
鳴門巻きの動作は、結合解除を回避しつつ両者の身体軸を相対的に回転させる連続運動として定義される。具体的進行は次のようなものである。
第一に、開始姿勢として対面型(本手または茶臼)を取る。第二に、被挿入側または挿入側のいずれか一方が、結合点を支点として上半身または下半身を 90 度回転させ、側位状態に移行する。第三に、さらに 90 度回転させて後背位に移行する。第四に、続いて回転を続け、対面型に復帰する。これにより 360 度の連続回転が完了する。
回転中に結合を維持する条件として、第一に挿入側の屹立角度が回転に追随できる柔軟性をもつこと、第二に被挿入側の骨盤・腰椎・股関節の可動域が広いこと、第三に両者の体重・体格に大きな差がないことが挙げられる。これらの条件が満たされない場合、回転中に結合が外れ、動作が中断される。
実用的観点では、鳴門巻きは性交時間の延長と倦怠回避の手段として機能する。同一体位を長時間継続することで生じる被挿入側の不快感・挿入側の感覚の減衰を、複数体位の連続移行により回避する技法であり、江戸艶本の文章解説においては「達者の手」「永持ちの手」として紹介された要出典。
現代における扱い
性愛指南書における継承
戦後の性愛指南書・週刊誌の特集記事においては、鳴門巻きの名が時折言及されてきた。1970-80 年代の昭和性愛文化において、鳴門巻きは「江戸の達人技」「上級者向けの古典」として神秘化され、実用的な性技マニュアルというよりも江戸文化への懐古的視線のなかで言及される対象となった。
現代 AV における動作型体位
現代の成人映像作品において、結合を保ったままの体位移行は、撮影技術上の困難さから映像化される頻度は高くない。撮影中に結合が外れる事態は撮影の中断を意味するため、商業作品においては移行場面でのカット割りが標準的選択肢となる。鳴門巻きの名がそのまま採用される事例は稀で、「体位連結」「ポジション・チェンジ」などの撮影用語で言及されるのが一般である。
時代劇仕立ての企画作品、春画再現を主題とする美術系作品においては、鳴門巻きの名が江戸文化の固有名詞として登場する事例がある。古典回帰の演出意図と結びついて、四十八手の各名が現代作品に挿入される構造である。
文学・サブカルチャーにおける引用
時代小説・歴史考証エッセイ・江戸文化を題材とする漫画においては、鳴門巻きの名が江戸性文化の象徴として登場する。永井荷風以降の文学的伝統において、四十八手の各名は前近代日本の性愛文化を象徴する記号として繰り返し参照されてきた。鳴門巻きはとりわけ、その動作の壮大さと命名の典雅さから、江戸文化への懐古的言及の対象として扱われやすい。
関連項目
最終更新
参考文献
- 『艶本研究』 河出書房新社 (1976) — 動作型四十八手の図像分析
- 『春画の色恋 江戸のむつごと「四十八手」の世界』 講談社学術文庫 (2015)
- 『閨中紀聞 枕文庫』 (1822-1832) — 鳴門巻きを含む変則体位の解説
- 『江戸艶本研究』 河出書房新社 (1988-1990)
- 『性愛の文化史』 東京書籍 (1991)
別名
- 鳴門
- 鳴門巻
- 鳴門巻きの手