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都条例性犯罪規定(とじょうれいせいはんざいきてい)とは、東京都「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」(昭和 37 年東京都条例第 103 号、通称「迷惑防止条例」)のうち、痴漢・盗撮・つきまとい等の性的非行を処罰対象とする条文群の総称である。1962 年(昭和 37 年)に制定され、複数次の改正を経て、刑法上の各構成要件に至らない準性犯罪的行為を補完的に処罰する規範として機能してきた。各道府県の同種条例の立法モデルとなり、本邦の性犯罪規制体系のうち刑法と並ぶもう一つの主要な層を形成している。本項では立法経緯、構成要件、改正史、運用上の論点を扱う。

立法経緯

1962 年制定の背景

戦後復興期から高度経済成長期にかけて、都市部における公衆迷惑行為の増加、繁華街・興行街における客引き・つきまとい・卑わいな言動等が社会問題化していた。刑法上の強制わいせつ罪公然わいせつ罪等は、典型的な性犯罪を捕捉するものの、その手前にある軽度の身体接触・卑猥な言動・しつこい付きまとい等を直接処罰する規定を欠いていた。

東京都はこの間隙を埋める警察行政上の必要から、1962 年 10 月 11 日、本条例を公布・施行した。当初の規制対象は、ぐれん隊的な集団示威、不当な客引き、暴力団的な押売り行為等が中心であり、性的非行はその一部として位置づけられていた要出典

「迷惑防止」という枠組み

本条例は、刑法犯に至らない公衆迷惑行為の総合的取締りを目的としており、行為類型を「公衆に著しく迷惑をかける」ものとして横断的に把握する点に立法上の特徴を持つ。性的非行の規制は、ストーカー規制法・児童ポルノ法等の単独立法とは別に、この「迷惑防止」の枠組みの中に組み込まれた。これは制定時点における立法資源の制約と、被害類型の混在(性的・経済的・暴力的)を一括して取り締まる行政上の必要を反映するものであった。

構成要件

痴漢(粗暴な行為等)

本条例 5 条 1 項は、公共の場所・公共の乗物において、人を著しく羞恥させ又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をすることを禁ずる。具体的には衣服の上から又は直接に身体に触る行為、卑猥な言動を浴びせる行為等がこれに該当する。法定刑は 6 月以下の懲役又は 50 万円以下の罰金である(常習者は 1 年以下の懲役又は 100 万円以下の罰金)。

刑法 176 条の強制わいせつ罪が「暴行又は脅迫」を要件とするのに対し、本条例の痴漢規定は暴行・脅迫を要件としない点に特徴がある。混雑した電車内での衣服上接触のように、強制わいせつ罪の暴行要件を満たすか否か微妙な事案を捕捉する補完規範として機能してきた。

盗撮

本条例 5 条 1 項 2 号は、公共の場所・公共の乗物・住居・浴場・更衣室・便所等において、人の通常衣服で隠されている下着・身体を撮影する行為等を禁ずる。2018 年改正以前は規制対象が「公共の場所・公共の乗物」に限定されていたが、改正により学校・職場・タクシー車内等の準公共空間にまで拡張された。法定刑は痴漢規定と同等である。

撮影機器の小型化・スマートフォン普及に伴い盗撮事案は増加し、警察庁統計上の都道府県条例違反事件のうち相当数を占めるに至っている。2023 年に「性的姿態撮影等処罰法」(性的姿態等撮影罪)が国法として制定されたことで、本条例の盗撮規定との二重規制関係が新たな論点となっている。

つきまとい等

本条例 5 条の 2 は、特定の者に対する好意の感情・怨恨等から、つきまとい・待ち伏せ・面会要求・電話・メール等を反復して行うことを禁ずる。これは 2000 年制定のストーカー規制法と類似の規制であるが、ストーカー規制法が「警告 → 禁止命令 → 罰則」という段階的構造を採るのに対し、本条例は直罰規定として機能する。

卑わいな言動・公衆便所のぞき等

本条例 5 条 1 項 3 号は、公衆便所・浴場・更衣室等を覗き見る行為を禁ずる。同 1 号は、公共の場所において卑わいな言動をすることを禁ずる。これらは典型的な公然わいせつ罪に至らない行為類型を補完的に捕捉する規定である。

各都道府県条例との比較

都条例の先行モデル性

東京都の本条例は、各道府県の同種条例(大阪府公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例、神奈川県迷惑行為防止条例等)の立法モデルとなった。1960 年代から 1970 年代にかけて、都条例の構造を踏襲した類似条例が全国各都道府県に整備されていった。これにより、刑法の補完規範としての「迷惑防止条例ネットワーク」が日本全国を覆う構造が形成された。

法定刑・構成要件の都道府県差

各道府県条例は基本構造を共有しつつも、法定刑・構成要件・適用範囲に差異を持つ。たとえば常習痴漢の法定刑は都が 1 年以下の懲役・100 万円以下の罰金であるのに対し、大阪府は 2 年以下の懲役・100 万円以下の罰金とする等、地域差が存在する。盗撮規定の対象空間範囲、つきまとい規定の対象行為範囲も道府県により異なる。

国法化の動向

性的姿態撮影等処罰法(2023 年成立、2023 年 7 月 13 日施行)は、盗撮の一部類型を国法として直接犯罪化したものであり、各都道府県条例の盗撮規定と並列する規範として機能している。これは、都道府県条例による地域別取締りの限界(越境事案・撮影地特定困難事案等)を補うための立法であった。

改正史

2005 年改正

ストーカー規制法施行後の運用実績を踏まえ、本条例つきまとい規定の対象行為範囲が拡張された。電子メール・SNS 等を利用した連絡行為が規制対象に加えられた要出典

2018 年改正

2018 年 3 月、本条例の改正が東京都議会で可決され、同年 7 月 1 日に施行された。主な改正点は以下の通り。

  • 盗撮規制の対象空間を「公共の場所・公共の乗物」から、「学校」「事務所」「タクシー」等の準公共空間にまで拡張。
  • つきまとい規制の対象行為に、SNS への執拗な投稿、GPS による位置情報取得行為等を追加。
  • 一部行為類型の法定刑引き上げ。

本改正は、デジタル機器・SNS の普及に伴う性的非行の態様変化を反映するものであり、各道府県条例の同様の改正の先駆けとなった。

2023 年以降

国法たる性的姿態撮影等処罰法の施行に伴い、本条例の盗撮規定との適用範囲調整が運用上の課題となっている。撮影行為の主たる構成要件が国法に移行する一方、本条例は所持・送信・公然陳列等の関連行為の捕捉に重点が置かれる方向で運用が形成されつつある。

司法判例と痴漢冤罪論争

立証構造の特殊性

本条例違反(痴漢)事件は、被害者証言が主要な証拠となり、目撃証言・客観証拠が乏しいことが多いという立証構造上の特殊性を持つ。混雑した電車内での身体接触の有無・故意の有無は、被害者・被疑者の供述以外に有力な証拠が得られにくく、事実認定の困難さが繰り返し指摘されてきた。

最高裁平成 21 年判決

最高裁判所第三小法廷平成 21 年 4 月 14 日判決(刑集 63 巻 4 号 331 頁)は、満員電車内における痴漢事件について、被害者証言の信用性評価に慎重さを求める判断を示した。本判決は、密着状況下での身体接触の有無の立証が一般に困難であることを踏まえ、補強証拠を欠く事案における有罪認定に対し抑制的な態度を示したものとして広く参照されてきた。

痴漢冤罪論

映画『それでもボクはやってない』(周防正行監督、2007 年)が痴漢冤罪を主題としたことを契機として、本条例運用における無実の被疑者を生む可能性が社会的論点となった。鉄道警察隊・痴漢相談所の運用、被疑者の取調べ・勾留の在り方、密室性の高い犯行類型における立証責任の分配等が論じられている。

被害者保護の観点

他方、痴漢被害の実態は警察庁統計に表れる件数を遥かに上回るとされ、被害申告のためらい・二次被害への懸念から泣き寝入りされる事案が多数存在することも指摘されている。被害者保護と被疑者の権利保障の双方を満たす運用の整備が、本条例運用の中心的課題となっている。

法務省犯罪白書における位置づけ

法務省犯罪白書は、都道府県迷惑防止条例違反事件の検挙件数・送致件数を継続的に集計しており、本条例を含む都道府県条例違反は、刑法犯と並ぶ性的非行取締りの主要範疇として位置づけられている。とくに痴漢・盗撮の検挙件数は、刑法の強制わいせつ罪不同意性交罪を上回る数で推移しており、刑事司法上の量的重要性を示している。

関連項目

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参考文献

  1. 『公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例』 東京都例規集 (1962)
  2. 『東京都迷惑防止条例の一部を改正する条例』 東京都公報 (2018)
  3. 『犯罪白書』 法務省法務総合研究所 (2023)
  4. 『警察庁の統計(都道府県警察の取締状況)』 警察庁 (2023)
  5. 『最高裁判所第三小法廷判決(平成21年4月14日)痴漢事件』 最高裁判所 (2009) — 刑集63巻4号331頁。痴漢事件の事実認定における慎重さを示した判例として参照される
  6. 東京都治安対策本部 『公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例の解説』 東京都 (2019)
  7. 周防正行 『痴漢冤罪と司法』 岩波書店 (2008)

別名

  • 東京都迷惑防止条例
  • 迷惑防止条例性犯罪部
  • ちかん条例
  • Tokyo Anti-Nuisance Ordinance
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