朝の駅構内。エスカレーターを上る人波の中で、突然「待て」という声と駅員の制止が響く。床に屈み込んだ男性のスマートフォンが取り上げられ、警察官が駆けつける。SNS のタイムラインには「盗撮で現行犯逮捕」というニュース速報が流れる。これが現代日本において、盗撮 が日常的に発生し、即座に捕捉・処罰されるという、新しい治安秩序の一断面である。
盗撮(とうさつ、英: voyeurism photography)とは、撮影される側の意思に反して、衣服の下や性的姿態、性行為中の様子などを撮影・録画する行為である。2023 年 7 月 13 日施行の性的姿態撮影等処罰法(通称: 撮影罪)により、独立した刑事犯罪として明確に規定された。盗撮行為は明確な性犯罪であり、本項では撮影手法やノウハウの解説ではなく、法的扱いと社会的位置付けを記述する。
法整備の経緯
2023 年の法整備までは、盗撮を直接的に処罰する全国一律の法律は存在せず、行為態様に応じて複数の法令を組み合わせて対処されていた。
第一の根拠が軽犯罪法 1 条 23 号で、「他人の住居・浴場・更衣場・便所その他、通常衣服を着けない場所をのぞき見た者」を拘留または科料に処すと規定する。1948 年制定の古い条文で、罰則も軽微(拘留 1 日以上 30 日未満、または科料 1 万円未満)であり、現代の盗撮被害の重さに対して圧倒的に均衡を欠いていた。
第二の根拠が迷惑行為防止条例(各都道府県の条例)で、駅・電車内・公共施設などでの卑わいな行為や撮影を禁じる。罰則は条例によって異なるが、多くは「6 月以下の懲役または 50 万円以下の罰金」前後を設定していた。ただし、条例の規制範囲は都道府県ごとにバラバラで、同じ行為でも東京で罰せられ大阪では罰せられないというような不整合が問題視されてきた。
第三の根拠が、児童を被写体とする場合の児童ポルノ法、相手の住居に立ち入った場合の住居侵入罪、撮影画像をインターネットに流布した場合の公然わいせつ罪・わいせつ物頒布罪 など、周辺諸法による応急的処罰であった。
これらの規定の不整合・処罰の不十分さ、スマートフォン普及による盗撮件数の爆発的増加(警察庁統計によれば 2010 年代後半に年間 5000 件以上で推移)を背景に、性犯罪対策を抜本的に強化する目的で、2023 年 6 月に性的姿態撮影等処罰法 が成立し、同年 7 月 13 日から施行された。
撮影罪の構成要件
撮影罪が処罰対象とするのは、「正当な理由がないのに、ひそかに対象性的姿態等を撮影する行為」である(同法 2 条 1 項)。「対象性的姿態等」は、性器・肛門・胸部・臀部 などの性的な部位、着用中の下着(パンツ・ブラジャー など)、性行為中の姿、自慰中の姿などを指すと規定される。
法定刑は3 年以下の拘禁刑または 300 万円以下の罰金で、軽犯罪法・迷惑防止条例の罰則を大幅に上回る重罰化が実現した。さらに、撮影した画像を不特定多数に送信・流布した場合(画像供与罪)は5 年以下の懲役または 500 万円以下の罰金と、量刑がさらに重くなる。被害者の同意を得ていたかのように偽装させて撮影した場合や、薬物・酒類を用いて意識をなくさせて撮影した場合も、同様に重い量刑が課される。
押収物の電磁的記録消去
撮影罪法のもう一つの重要な仕組みが、押収された撮影データの電磁的記録消去命令である。従来の法制度では、警察が押収した盗撮データを処分する明確な根拠がなく、不起訴処分後にデータが返還されるケースさえあった。撮影罪法では、被害者の人格的利益を保護するため、押収された撮影データ・複製データを裁判所の命令で確実に消去する手続きが整備された。
行為への社会的扱い
盗撮は被害者の人格的尊厳を踏みにじる行為であり、現行法制下では明確に犯罪である。撮影罪法施行以降、駅員・警察・鉄道事業者の連携による現行犯捕捉体制も強化されており、駅構内の防犯カメラ網と組み合わせて、加害者の即時特定・検挙が大幅に進んでいる。
特に駅構内・エスカレーター・電車内などの公共空間における盗撮は、被害者の不安・心理的負担を極めて大きく増幅させるため、社会的非難の度合いは高い。性犯罪被害者支援センター、各都道府県の警察相談窓口を通じて、被害者は刑事告訴・損害賠償請求(民事)・カウンセリング支援などのサポートを受けられる体制が整備されている。
サブカルチャー文脈と倫理的問題
AV やエロ漫画 において「盗撮もの」と銘打たれたジャンルは存在するが、これらはすべて演者の同意の下で撮影されたフィクション作品であり、現実の盗撮被害者を撮影したものではない。実際に発生した盗撮映像は明確に違法であり、流通・閲覧自体が画像供与罪・所持罪の処罰対象となる。
サブカル文脈で「盗撮もの」を消費する場合でも、現実の盗撮を肯定したり、模倣を促したりする方向には絶対に向かわないという、視聴者側の倫理的線引きが要請される。撮影罪施行以降、業界も「盗撮もの」というタイトル付けには慎重になっており、「無断撮影風」「監視カメラ風」などのフィクション性を明確化する方向に移行しつつある。
関連項目
最終更新
参考文献
- 『撮影罪(盗撮罪)とは?刑罰や構成要件をわかりやすく解説』 ベンナビ刑事事件 https://keiji-pro.com/columns/431/
- 『2023 年に刑法改正で新設された「撮影罪」の要件や刑罰などを解説』 弁護士法人心 大宮法律事務所 https://www.omiya-keijijiken.kokoro-group.com/info/tousatsu/tousatuszai/
- 『性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律』 e-Gov 法令検索 https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=505AC0000000067
- 『盗撮は軽犯罪法違反?迷惑防止条例違反との違いを詳しく解説』 弁護士法人若井綜合法律事務所 https://wakailaw.com/keiji/13916
別名
- 盗撮
- とうさつ
- voyeurism photography
- 盗み撮り
- 隠し撮り