更衣の途中で胸の前のホックが外れる音、肩紐が腕を抜けて落ちる音、そして外したブラジャーがベッドの上でしばらく形を保ったまま転がっている形。脱がされた後も、その下着が空気をはらんだまま胸の輪郭を残し続けるという物質感が、この下着特有のものである。ブラジャー(英: brassiere)とは、女性の乳房を支え覆うために着用する上半身用の下着の総称である。一九〇〇年代に近代型が成立し、二〇世紀を通じて構造・素材・サイズ表記の発達とともに広く普及した、現代の女性下着体系の中心品目である。性的訴求の文脈においては、「衣服の下に着けているもの」という前提と「外す/ずらす」動作の段階性を媒介として、嗜好の対象として機能する。
語源
英語 brassiere は、フランス語 brassière(本来は「腕用の」「胸当ての」の意で、嬰児用の肌着を指す語)に由来し、米国で一九〇七年に Vogue 誌が女性用胸当ての意で使用したのが英語圏での確立例とされる。日本語ではブラジャーが正式名称で、口語では「ブラ」と短縮される。和製の「乳バンド」「胸当て」は明治・大正期に試訳された語で、現代では使われない。
構造の成立
近代型ブラの起源には複数の競合説がある。米国では一九一四年にメアリー・フェルプス・ジェイコブ(Mary Phelps Jacob, ペンネーム Caresse Crosby)がハンカチ二枚と紐で作った「Backless Brassiere」の特許(米特許 1,115,674 号)を取得した記録が広く知られる。一方、ドイツでは一八八〇年代から、フランスでは一八八九年のエルミニー・カドル(Herminie Cadolle)による上下分離型コルセット「Le Bien-être」など、同時期に複数地域で類似の発想が並行して進んだ。一九二〇年代以降のアール・デコ期に、コルセット中心の体型補正から、乳房を独立して支えるブラ+ガードルの分離体系へと移行した。
カップ・サイズ表記は一九三〇年代の米国で、Warner Brothers Corset Company(現 Warnaco)が A・B・C・D の四段階を導入したのが起点である。日本では一九五〇年代以降にサイズ表記が普及し、現在のアンダーバスト+カップサイズの組み合わせ表記(例:65B、70C)が定着した。
形状・機能の多様化
現代のブラジャーは、用途と機能によって多数のサブタイプに分かれる。フルカップ(乳房全体を覆う)、ハーフカップ・ブラレット(上半部の露出が大きい)、プッシュアップ(谷間を強調)、ミニマイザー(胸を小さく見せる)、スポーツブラ(運動時の固定)、マタニティ・授乳用、ブラレット(ワイヤーレス)、ヌーブラ(粘着式・肩紐なし)、ストラップレスなど多岐にわたる。素材ではレース・サテン・コットン・スポーツ用機能繊維が並び、目的によって露出度・装飾性・機能性のバランスが変わる。
ホックの位置は背面が標準だが、前留め(フロントホック)も普及している。脱着の容易さと胸を中央に寄せる効果が前留めの特徴で、性的演出の文脈では「片手で簡単に外れる」という点が強調されがちだが、実用的には肩や腕に障害がある人のための補助具という側面が大きい。
性的訴求の構造
ブラジャーが性的興奮の対象として機能する仕組みは、下着総論とは別の固有の論理を持つ。第一に「下に着けている」という前提である。ブラは外見からは存在を直接視認できず、肩紐の輪郭が透ける、襟元からレースがのぞくといった間接的な手がかりで存在が示唆される。この間接性が想像を駆動する素材となる。
第二に、外す動作の段階性である。ブラを外すには、背中のホック(または前面のホック)を解除し、両肩から肩紐を抜き、最後に身体から離す、という複数の手順を要する。この段階性が、行為の進行に時間軸を与える。AV やエロ漫画で「ホックを外す瞬間」が頻繁に画面・コマで強調されるのは、その動作が「衣服を脱ぐ」とは別の「下着を外す」という独立した儀礼として機能するためである。
第三に、ずらしの可能性である。完全に脱がず、カップだけを下方にずらして乳房を露出させる、肩紐だけを片方落とす、といった「半着衣」の状態が、完全脱衣よりも露出のコントラストを強調する場合がある。この演出はチャクエロの代表的なモチーフであり、ブラを完全に外さずに胸だけ出すという形は、エロ表現における定型構図である。
チラ見せ・透けの嗜好
外側の衣服とブラジャーの関係は、それ自体が嗜好の対象になる。胸元の開いたシャツから谷間とブラの上端が見える「胸チラ」、白いシャツや薄手のブラウスから下のブラがうっすら透ける「下着透け」、屈んだ時に襟元から背中側のホックが見える、汗で生地が貼り付いて下着のラインが浮き出るなど、本来は不可視であるはずのブラがわずかに視認できる場面が、強い視覚効果を持つ。
この種の演出は、明示的な脱衣描写よりも、むしろ「見せていない」状態の中の「うっかり見える」を志向する。完全な裸身よりもブラだけ着けた状態の方が興奮するという嗜好は、Tバック・縞パンツと同様、布の存在が露出を際立たせる構造に基づく。
サイズ感・形状の嗜好
ブラジャーそのものを対象とする嗜好には、サイズ感・形状への偏りも含まれる。巨乳の支持に必要なフルカップの存在感、微乳に対する小さなブラレットの似合い、谷間を強調するプッシュアップの幾何学、スポーツブラの実用感に対する逆説的な嗜好(機能美フェチ)など、ブラの構造そのものが視覚対象となる。色・素材の組み合わせ(白の清楚感、黒の倒錯感、ピンクの可愛らしさ、レースの透け感)も、キャラクター付けや場面付けの記号として運用される。
成人向け表現で「上下お揃いの下着」が頻出するのは、装着している人物の意図(用意してきた、見せる気がある)を読み込ませる装置としてである。逆に「上下バラバラ」「日常用の地味なブラ」が描かれる場面は、生活感・現実感の演出として用いられる。
関連項目
最終更新
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参考文献
- 『Uplift: The Bra in America』 University of Pennsylvania Press (2002) — 近代ブラの成立と普及史
- 『The Bra Book』 BenBella Books (2009)
- 『下着の文化史』 光文社 (2008)
- 『Sex and Suits』 Knopf (1994)
別名
- ブラ
- bra
- brassiere
- 乳バンド
- 胸当て