額の上で水平に切り揃えられた前髪、顎の高さで一直線に揃えられた毛先、頭の輪郭の外側に沿って描かれる二本の平行線。重さで内側に丸くカールした毛先が顔の左右でほぼ対称に収まる。ボブヘア(英: bob、または bob cut)とは、肩より上の長さで全体を揃えて切り揃えた女性の髪型、またはその髪型を有する女性を性的興奮の対象とする嗜好の総称である。1920 年代の欧米でモダンな女性像の象徴として流行した後、世界中で広まり、現代では知的・清楚・現代的・洗練された女性類型と結びついた髪型フェチの一形態として確立している。
語源と定義
英語 bob は「短く切り揃える」「先を切り落とす」の意の動詞で、19 世紀末の英語圏で女性の短い髪型を指す名詞として用いられるようになった。動詞 bob は元来、馬の尾を短く切る行為を指す語でもあり、その意味でポニーテールとは語源的に対極の関係にある(尾を伸ばす対 尾を切る)。日本語ではそのまま「ボブ」「ボブヘア」「ボブカット」と呼ばれる。
定義としてのボブヘアは、頭の側面・後頭部の毛先を、ほぼ同じ長さで水平または緩やかな曲線で揃えて切る髪型を指す。長さの基準は耳の下から肩の上までで、それを超えると「ロングボブ」「ミディアム」、それより短いと「ショートボブ」「ショートカット」と呼ばれる。前髪の有無、毛先の内巻き・外巻きの違い、サイドの段の入れ方等によって多様な細分化が存在する。
歴史
「ボブ」が女性の現代的髪型として流行したのは、1910 年代後半から 1920 年代の欧米においてである。第一次世界大戦中の女性の社会進出、戦後の女性参政権運動、モダニズム文化の興隆と並行して、それまで「女性の髪は長くあるべし」という伝統的美意識を覆す形で、肩より短い女性の髪型が広まった。米国の社交界アイコン、アイリーン・キャッスル(Irene Castle)の 1915 年のボブカット採用、フランスのデザイナー、ココ・シャネル(Coco Chanel)の 1916 年のボブ採用、米国の女優ルイーズ・ブルックス(Louise Brooks)の前髪重め黒髪ボブ等が、1920 年代「フラッパー」(flapper)文化のなかで広まった象徴的事例である。
当時の社会では、女性が髪を切ることは社会規範への明確な異議申し立てとして読まれ、保守派からは強く批判された。1920 年代の米国の小説家 F. スコット・フィッツジェラルドの短編「Bernice Bobs Her Hair」(1920)は、若い女性の断髪をめぐる社会的軋轢を主題とした古典的作品で、当時の文化的衝撃を伝える。
日本では大正時代から昭和初期に「断髪」「断髪美人」と呼ばれて流行し、モダンガール(モガ)文化のシンボル的髪型として位置づけられた。戦後は時代ごとに繰り返し流行を見せ、とりわけ 1960-70 年代の英国デザイナー、ヴィダル・サスーン(Vidal Sassoon)による「ファイブ・ポイント・カット」(1963)や「グレタ・ガルボ・カット」のような幾何学的にカットされたボブが、現代的ボブの基準型として広まった。
2000-2010 年代には、香川照之・吉高由里子・桐谷美玲などの女優を起点とした「黒髪ボブ」流行、2020 年代の「ハンサムショート」「韓国式タンバルモリ」流行を経て、ボブは女性の代表的髪型として安定した地位を保っている。
嗜好の構造
ボブヘアフェチの性的訴求は、四つの構造要素により成立する。
第一に、顔の輪郭との比例関係である。ボブの毛先位置は、装着者の顔の輪郭・顎の形・頬の張りを直接に縁取る。毛先が顎と一致する位置に置かれることで、顔の形が髪型の構造のなかに完全に組み込まれる。装着者の顔の形が髪型の意匠の一部として運用される、という意味で、ボブは他のどの髪型よりも顔と髪の一体性が強い。
第二に、首筋・うなじの覗き見性である。肩より上で毛先が止まるため、首筋・うなじが半ば隠れ半ば見える状態になる。ロングヘアのように完全に隠されるのでも、ショートカットのように完全に露出するのでもない、中間的な「覗き見」の領域を作る。装着者が首を傾ける、振り向く、髪を耳にかける等の動作のたびに、隠れていた首筋が一瞬露出する効果を生む。
第三に、知的・清楚記号としての地位である。1920 年代以降のボブの文化的歴史において、ボブは「モダン」「自立」「洗練」「教養」といった人格類型と結びついて流通してきた。文学者・編集者・教師・職場の同僚・知的な年上女性といったキャラクター類型に、ボブヘアはほぼ自動的に付与される。「黒髪ボブ+眼鏡」の組合せは、知的女性類型の標準的視覚コードとして確立している。
第四に、毛先の動きの軽快さである。ロングヘアが重力に従って下方向に垂れる動的特性を持つのに対し、ボブの毛先は短く、頭の動きにあわせて軽やかに揺れる。歩行時・首を傾ける時・話しながら笑う時に毛先がふわりと跳ねる動きが、装着者の表情・人格と密接に結合する。
派生形態
- 黒髪ボブ:日本における伝統的清楚系の標準型
- ショートボブ:あごラインより短い、ボーイッシュ寄り
- ロングボブ(ロブ):肩近くまでの長め、女性的
- ワンレングスボブ:全体を同じ長さに切り揃えた古典型
- グラデーションボブ:後ろが長く前が短い
- 内巻きボブ:毛先を内側にカールさせた女性的形
- 外ハネボブ:毛先を外向きに跳ねさせた現代的形
- 前髪ありボブ:額を覆う前髪付き
- センターパートボブ:中央分け、知的・洗練系
- マッシュボブ:頭頂部に丸みを残した、可愛い系
- 韓国式タンバルモリ:韓国系の毛先重めボブ
文化的言及
成人向け作品においては、ボブヘアは「真面目な彼女」「OL」「教師」「人妻」「年上の知的な女性」等の役柄類型と結びついて運用される。とりわけ「黒髪ボブ+眼鏡+OLスーツ」の組合せは、AV 業界における知的女性類型の標準的視覚記号として安定した運用がなされている。「真面目そうな見た目に反した行動」という文脈構成において、ボブヘアの「整然・抑制」の記号性が、対比を成立させる前提条件として機能する。
二次元表現においては、ボブヘアは「クール系」「優等生系」「文系」「読書好き」「内気だが芯がある」等の人格類型を視覚的に伝達する標準記号として運用される。「黒髪+ボブ+整った眉+前髪重め」の組合せは、特定キャラクター類型の標準コードとして、作品横断的に運用されている。
ファッション・ヘアサロン文化においても、ボブは「女性が初めて短くしたい時に選ぶ髪型」「ロングヘアからの移行先」として、装着者の人生段階の節目と結びついて運用される。「ロングヘアから断髪してボブにする」という決断は、装着者の精神的・社会的変化を示す象徴的な行為として、現代でも広く認識されている。
英語圏でも bob hair fetish は確立した嗜好領域として認識されているが、より広い「short hair fetish」「pixie cut fetish」と連続した枠組みで語られる傾向がある。日本における「黒髪ボブ」固有のフェチ的位置(清楚・知的・伝統的美意識との接続)は、日本文化に固有の発展を遂げた領域である。
関連項目
最終更新
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参考文献
- 『Bobbed Hair and Bathtub Gin: Writers Running Wild in the Twenties』 Harcourt (2004)
- 『Hair: A Human History』 Pegasus Books (2016)
- 『髪と日本人』 平凡社 (1988)
- 『髪型の文化人類学』 白水社 (1995)
別名
- bob hair fetish
- bob cut
- ボブカット
- 黒髪ボブ
- ショートボブ