更衣室の鏡の前で、薄手の生地が腿の途中で止まり、留め具の金属が肌の白に光っている。膝下までを覆う黒い網ではなく、太腿の上部に細い帯がかかり、腰へ伸びた四本の紐がそれを引き上げている。この四本の紐と、それを腰回りで束ねる帯状の下着が、本項の主題である。ガーターベルト(英: garter belt)とは、太もも丈のストッキングを腰の位置から下方に吊り、滑落を防いで身体に固定するための紐付き帯状下着の総称である。実用品としては二〇世紀後半のパンティストッキングの普及によって役目を終えたが、廃れた実用機能と入れ替わるように、ランジェリーの一品目として、また視覚的記号として、性的興奮の対象に転化した品目である。
語源と構造
英語 garter は古フランス語 gartier(脚の意の方言 garet に由来)から派生した語で、本来は膝下に巻いて靴下を留める紐を指した。一七世紀から一八世紀のヨーロッパ宮廷では男女ともに膝下のガーターを使用し、英国の最高勲章「ガーター勲章」(The Most Noble Order of the Garter, 一三四八年制定)もこの脚の紐に由来する。腰から下方へ伸びる紐で太もも丈の靴下を吊る形式、すなわち現在ガーターベルトと呼ぶ構造は、一九世紀末のコルセット改良の流れの中で生まれた。コルセットの裾に金属製のクリップを縫い付け、そこから紐で靴下を引き上げるという方式が、一九〇〇年代から一九二〇年代にかけて定着した。
コルセット文化の衰退後は、ガードル(伸縮性の腰帯)に同様の吊り具が引き継がれ、さらに第二次世界大戦後には、ガードルから独立した細い帯状の下着としてガーターベルト単体が販売されるようになった。構造としては、腰回り三〜五センチ幅の帯、その下端から伸びる四本(時に六本)の調整可能な紐、紐の先端に取り付けられたクリップ式の留め具で構成される。留め具は、ストッキングの口に金属ボタンと弾性ループで挟み込み、紐を引き上げてストッキングを腿の途中で固定する。
実用品としての消滅
ガーターベルトの実用上の役目は、一九五九年にデュポン社が開発した弾性ナイロン繊維「ライクラ」(Lycra, 商標)の登場で揺らいだ。ライクラを編み込んだストッキングは、太もも上部の伸縮帯だけで身体に密着でき、外部から吊り上げる必要がなくなった。続いて一九六〇年代には、腰までを一体に覆うパンティストッキング(英米では pantyhose と呼ぶ)が大量生産化された。ミニスカートの流行と相まって、太もも丈のストッキング+ガーターベルトという二点構成は、一九七〇年代までに日常の服装からほぼ姿を消した。
実用品としての消滅は、しかし、品目そのものの消滅を意味しなかった。むしろ実用機能を失ったことで、装飾性・象徴性に焦点が移り、ランジェリーの一品目として、つまり「日常では着けない、特別な日に着ける下着」として再定義された。この再定義の過程が、ガーターベルトを性的記号へ押し上げる土台になった。
ピンナップとフィルム・ノワールの記号化
実用消滅と並行して、戦間期から戦後にかけてのピンナップ・アート、ハリウッドのフィルム・ノワール、男性誌のグラビアが、ガーターベルトの視覚的訴求を確立した。アルベルト・バルガス(Alberto Vargas, 一八九六〜一九八二)、ジル・エルヴグレン(Gil Elvgren, 一九一四〜一九八〇)らピンナップ画家の作品では、女性が片足を持ち上げてガーターを留め直す瞬間、あるいはスカートが捲れて吊り紐がのぞく瞬間が、定番の構図として繰り返された。スカートと太腿の境界、ストッキングの上端と素肌の境界、その二つの境界線の交点に金属クリップが光るという、視線誘導の幾何学が成立した。
フィルム・ノワールの女性像、いわゆるファム・ファタールも、しばしばガーターベルトを身につけた状態で描かれた。リタ・ヘイワース主演『ギルダ』(Gilda, 一九四六)の手袋を脱ぐシーンに代表されるように、衣装の一部を外す動作が、性的緊張の象徴として機能した。ガーターは、装着しているところよりも、外す途中、あるいは外した直後の方が記号性を持つ。この「外す動作の前後」が、後のエロ表現に流入する核となった。
日本における受容
日本では、戦前にはガーターベルトに相当する下着は一般化しておらず、女性は腰巻や裾よけの下に靴下留めを使う程度であった。一九五〇年代以降、米国カタログ・映画・「平凡パンチ」(マガジンハウス、一九六四創刊)などの男性誌グラビアを通じて意匠が紹介され、特殊な「西洋のセクシー下着」として認知された。一九七〇年代以降のロマンポルノ、にっかつポルノ、ピンク映画では、和装の女体に対してあえて洋風ランジェリーを着せるという衣装演出として導入され、和洋折衷の倒錯感を強調する記号として使われた。
アダルトビデオが定着した一九八〇年代以降は、コスチュームジャンルの一種として安定供給される素材となった。ナース、メイド、女教師、人妻といった役柄に対し、白衣やエプロン、スーツの下にガーターストッキングを着せ、衣装を捲り上げてのぞかせる演出が定型化した。男性向けエロ漫画・エロゲにおいても、清楚なキャラクターが脱衣して初めて吊り紐があらわになるという、いわゆる「実は」型の演出に頻出する。
嗜好としての構造
ガーターベルトを性的興奮の対象とする嗜好は、単一の身体部位や行為に向かうフェチではなく、複数要素の組み合わせとして成り立つ複合型である。第一に、ストッキングの上端の不連続線、すなわち布で覆われた部位と素肌の境界線そのものに対する視覚的興味がある。二つの異なるテクスチャが直接接する境界線が、視線を誘引するという構造である。
第二に、留め具の金属性と機能性に対する嗜好がある。装着しているという物質的な実感を、肌の上に金属が押し当たる視覚と触覚が裏付ける。第三に、外す動作の段階性がある。ガーターベルトを着けた女性を脱がせる場合、ストッキングを脱がせるためには先に留め具を外す必要があり、留め具を外すためには腰のベルトに到達する必要がある。複数段階の手続きが、行為に時間的厚みを与える。
第四に、実用消滅という歴史的事実そのものが嗜好に組み込まれている。「日常では着けない」「わざわざ着けてきた」という前提が、行為への期待や演出意図を読み込ませる。下着の選択が記号として読まれる、いわゆるランジェリー文脈において、ガーターベルトは最も明示的な記号である。
近接アイテムとの差異
太もも丈のストッキングを留める方法には、ガーターベルトのほかに、ストッキング上端のシリコン製滑り止め(ステイアップ、欧米では hold-ups)による自立式がある。後者は紐を必要とせず、装着が容易で日常使いに向くが、視覚的な記号性ではガーターベルトに及ばない。吊り紐の存在こそが視覚効果の本体であるという認識は、ランジェリーブランドにおいても共有されており、Agent Provocateur、La Perla、Aubade などのハイエンド・ランジェリーは、デザイン上の主役としてガーターベルトを位置付けてきた。
網タイツ、ニーソックス、ストッキングなど脚部装束フェチの近隣領域とは、対象とする身体部位の範囲、布の透け感、装着の厳密さの点で差異がある。ガーターベルトは脚部単独ではなく、腰から脚までの一連の構造を視覚に収める点で、ランジェリー寄りの位置に立つ。
関連項目
最終更新
「ガーターベルト」の動画作品
Powered by FANZA Webサービス
「ガーターベルト」の同人作品
Powered by FANZA Webサービス
「ガーターベルト」の同人作品(DLsiteランキング)
参考文献
- 『Underwear: Fashion in Detail』 V&A Publishing (2010) — ガーター・サスペンダーベルトの構造詳細
- 『Sex and Suits』 Knopf (1994) — 二〇世紀ファッション史における下着の変遷
- 『下着の文化史』 光文社 (2008)
- 『The Bra Book』 BenBella Books (2009) — ランジェリーセットの構成要素としてのガーターの位置付け
別名
- garter belt
- suspender belt
- 吊り紐
- サスペンダーベルト