書店の漫画雑誌コーナーで、表紙の女性キャラクターが水着姿でこちらを見ている雑誌が並んでいる。同じ棚には少年誌、青年誌、女性誌が混在しており、表紙の絵柄だけでは区分がつきにくい。手に取ってめくると、本編の合間に、ヒロインの胸が露わになるサービスシーンが、しかし性器を直接描かない範囲で挿入されている。これが本項の主題である。青年誌エロ(せいねんしえろ)とは、少年誌・青年誌として書店の流通系統で扱われる一般紙の漫画雑誌に掲載される、性的訴求を含む作品群の総称である。「青年誌」を「成人向け雑誌」と区別し、性器・性交描写を含まずに性的興奮を喚起する範囲の表現を試みてきた、戦後日本漫画の独自領域として位置付けられる。
区分の前提
日本の漫画雑誌は、成人向け表示(いわゆる十八禁マーク・ビニール包装)の有無によって流通区分が分かれる。本項が扱うのは、成人向け表示のない少年誌・青年誌に掲載されたエロ表現であり、エロ漫画・成人向け雑誌とは流通系統と表現規制が異なる。性器描写を直接含まない、性交場面を直接描かない、ただし水着・下着・脱衣・密着・キス・サービスショットなどを通じて性的訴求を行うという範囲が、青年誌エロの基本領域である。
この区分は、出版倫理協議会による自主規制、書店の取扱区分、雑誌コードの設定などの複合的な仕組みで担保されている。少年誌・青年誌に掲載される作品が、二次同人や単行本扱いになると規制範囲が変わる場合もあり、雑誌掲載時と単行本収録時で表現が修正されることもある。
黎明:永井豪『ハレンチ学園』
青年誌エロのジャンル意識を初めて広く成立させた作品として、永井豪『ハレンチ学園』(週刊少年ジャンプ、一九六八〜一九七二連載)がしばしば挙げられる。学園を舞台に、教師と生徒のスカートめくり、女生徒のヌード、入浴シーン、便所などのモチーフを描き、当時の保護者団体・PTA・教育関係者から強い批判を受けた一方、子供層の絶大な支持を集めて社会現象となった。
『ハレンチ学園』が画期的だったのは、それまで成人向けの場で行われていた性的訴求の意匠を、少年誌の枠内に持ち込んだ点である。スカートめくり・ヌード・入浴の描写は、性器を直接描かない範囲で、しかし扇情性を保って提示された。この「描かないことで描く」「省略を通じて見せる」手法が、以後の青年誌エロの基本文法となった。
一九七〇年代の展開
『ハレンチ学園』に続く時期に、少年誌・青年誌のエロ表現は徐々に体系化された。少年誌系では『花とゆめ』『マーガレット』とは別の路線で『少年マガジン』『少年サンデー』『少年ジャンプ』が水着シーン・お色気要素を取り入れる作品を増やし、谷岡ヤスジ・小林よしのりらのギャグ漫画系のお色気、本宮ひろ志などのドラマ系の女性裸体描写が並行して定着した。
青年誌系では、一九六七年創刊の『ヤングコミック』(少年画報社)、一九六八年創刊の『ビッグコミック』(小学館)、一九七九年創刊の『ヤングジャンプ』(集英社)、一九八〇年創刊の『ヤングマガジン』(講談社)、一九八二年創刊の『ヤングサンデー』(小学館)、一九八二年創刊の『モーニング』(講談社)が、対象年齢を引き上げた中間層向けの市場を形成した。これらの青年誌では、ヌードグラビア・水着グラビアの表紙、巻頭カラーグラビア、お色気要素の強い連載が定常的に組まれ、青年誌エロのジャンル意識が確立した。
一九八〇年代:お色気ラブコメ
一九八〇年代の少年誌は、ラブコメディというジャンルを獲得した。高橋留美子『うる星やつら』(週刊少年サンデー、一九七八〜一九八七)、桂正和『電影少女』(週刊少年ジャンプ、一九八九〜一九九二)などは、ヒロインを性的訴求の中心に据えながら、本筋は恋愛コメディとして読める二重構造を備えていた。読者層は思春期の男性中心で、雑誌の主要購買層と作品のエロ要素のニーズが一致した結果、商業的成功を収めた。
この時期の特徴は、性的訴求の手法が「水着回」「温泉回」「お風呂シーン」「下着が見える事故」といった一連の定型に整理された点である。これらの定型は以後の少年誌・青年誌の漫画作品で繰り返し使われ、青年誌エロのジャンル文法として固定化した。
一九九〇年代から二〇〇〇年代
一九九〇年代以降は、青年誌における性的描写の上限が段階的に拡張された。表紙のヌードグラビアの露出度、巻頭グラビアの水着写真の刺激度、漫画作品内の脱衣描写の具体性が、雑誌間競争の中で徐々に高まった。一方で、少年誌側は対象読者層の年齢を意識して、過度な描写は控える方向で再調整され、少年誌と青年誌の表現上の距離が拡大した。
二〇〇〇年代後半には、矢吹健太朗・長谷見沙貴『To LOVEる』(週刊少年ジャンプ、二〇〇六〜二〇〇九/別冊として『To LOVEる-とらぶる- ダークネス』が二〇一〇〜二〇一七連載)が、少年誌の枠内で出来うる性的描写の上限を更新する作品として注目された。アクシデント型のお色気、宇宙人ヒロインの裸体描写、入浴・触手・拘束など多彩な要素を、少年誌の編集基準内で組み合わせる手法が話題となった。
表現の限界と意義
青年誌エロは、成人向けでないという制約の中で、しかし性的訴求を行うという課題を解くために、独自の修辞を蓄積してきた。光・湯気・布・物体での性器の隠蔽、画面の切り抜きによる暗示、効果音による補足、表情のクローズアップによる感情情報の濃縮、サービスショットの定型化など、いずれも「描かないで描く」ための手続きである。
文化史的には、青年誌エロは「日常の中の性愛」という認識装置として機能してきた。露骨なエロ漫画と異なり、書店の一般書籍棚に置かれ、家族の目に触れる可能性がある状態で読まれる。この置かれ方が、性的描写の上限を自然に規定し、結果として「節度ある性的訴求」の範囲を社会的に交渉してきた媒体ということができる。少年誌・青年誌・エロ漫画・同人誌という日本の漫画市場の階層構造のなかで、青年誌エロは中間層の重要な一翼を担う表現領域である。
関連項目
最終更新
参考文献
- 『戦後エロマンガ史』 青林工藝舎 (2010)
- 『エロマンガ・スタディーズ』 イースト・プレス (2006)
- 『戦後マンガ50年史』 筑摩書房 (1995)
- 『マンガの居場所』 NTT出版 (2003)
- 『Manga! Manga! The World of Japanese Comics』 Kodansha International (1983)
別名
- 青年漫画エロ
- 少年青年誌のエロ表現
- エッチな少年漫画
- お色気漫画
- お色気回