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新婚旅行の夜、ホテルの部屋でふたりはほとんど話さない。交際 3 年、性的に十分に通じあってきたはずだ。しかしこの夜から先、長い夫婦関係が始まり、性生活の輪郭が大きく変容していくことを、二人はまだ知らない。子供が生まれ、育児期が来て、互いの身体は加齢し、ホルモン水準が変化する。10 年後、20 年後、ふたりの性生活は別物の姿を取っているだろう。長期にわたる二人の関係の中で、性は単一の決まった姿ではなく、生涯を通じて変容し続けるダイナミックな営みとなる。

カップルの性生活(かっぷるのせいせいかつ、couple sexuality)とは、長期交際・結婚関係にあるパートナー間で営まれる性的活動・嗜好・満足度の総体を指す。本項では、交際初期から長期化に至る性生活の典型的変化、セックスレス、出産・育児期の影響、加齢による変動、関係維持の戦略を扱う。

交際期間と性生活の変容

カップルの性生活は、関係の段階によって典型的な変化のパターンを示す。社会心理学・性科学の知見では、以下の段階区分が広く運用されている。

第一段階は「ロマンチック・フェイズ」(交際初期から 1-2 年程度)で、性行為頻度が最高水準に達し、相手への性的関心と関係への情熱が強い時期である。神経科学的には、この時期はドーパミン・ノルアドレナリン系の活発な活動と関連づけられている。

第二段階は「ボンディング・フェイズ」(交際 2-7 年程度)で、性行為頻度は緩やかに低下しつつ、関係への愛着・信頼は深まる時期である。オキシトシン・バソプレッシン系の活動と関連づけられ、長期的なつながりの基盤が形成される。

第三段階は「メインテナンス・フェイズ」(交際 7 年以降)で、性行為頻度はさらに低下し、生活上の他の優先事項(子育て・職業・他の家族関係等)が前景化する時期である。性生活の質を維持するためには、意識的な努力・投資が必要となる段階に入る。

これらの段階は不可逆的ではなく、関係の節目(子の独立、退職、引越し等)で再活性化することがある。Esther Perel『Mating in Captivity』(2006)は、長期関係における「親密性とエロスの二律背反」を主題化し、安全な親密性が時として性的興奮を阻害する逆説を分析した。

出産・育児期の影響

第一子出産は、カップルの性生活に最大規模の構造変化をもたらすライフイベントである。妊娠後期から産後 3 か月程度は、女性側の身体的回復が優先され、性行為頻度は最低水準まで低下する。授乳期はプロラクチンの上昇によって性欲が物理的に抑制される側面があり、女性側の性欲低下が一般的に観察される。

育児期(子が 3 歳まで)は、両親ともに慢性的な睡眠不足・疲労の中で、性的活動の優先順位が大幅に下がる。日本のジャパン・セックス・サーベイ等の調査では、子が幼児期にあるカップルの月間性行為頻度が、それ以前と比較して半減程度に落ち込むデータが繰り返し報告される要出典

育児期を経た後の性生活の回復には、(1) 育児負担の公平な分担、(2) 二人の時間を意識的に確保する努力、(3) 性的自己開示の継続、などが鍵となる。育児期に性生活が断絶し、そのまま長期セックスレスへと移行するパターンも多く、回復には意識的努力が必要である。

セックスレスの問題

日本の文脈で特徴的なのは、長期関係におけるセックスレスの普及である。日本性科学会の定義によれば、セックスレスは「特殊な事情がない限り、合意のあるカップルで 1 か月以上性交渉および性的接触がない状態」を指す。日本の既婚者調査では、セックスレス比率は 40% 超に達し、先進国の中で例外的に高い水準を示している要出典

セックスレスの構造的要因として、(1) 長時間労働文化・育児負担の女性偏在による疲労、(2) 出産後の性生活再開タイミングの不在、(3) 性的自己開示能力の文化的不足、(4) ラブホテル・性風俗業の発達による婚外性的経路の代替、などが挙げられる。

セックスレスは即座に関係破綻を意味しないが、長期化により以下のリスクを伴う:(1) 夫婦の親密性低下、(2) 不貞行為・寝取られ的事案の発生、(3) 離婚率の上昇、(4) 配偶者の精神的健康悪化。1990 年代以降、日本のカップル療法・性科学領域では、セックスレス問題への臨床的アプローチが体系的に整備されつつある。

加齢による変動

40 歳代以降、男女ともにホルモン水準の変化に伴う性的変動が始まる。男性側はテストステロンの漸減により、勃起力・性欲の低下が観察され、50 歳以降は男性更年期勃起障害が顕在化する。女性側は閉経(平均 50 歳前後)に伴うエストロゲン急減により、の潤滑低下・性交時不快感・性欲変動が生じる。

しかし加齢が性生活の終焉を意味するわけではない。米国・北欧の調査では、60-70 歳代でも継続的に性的活動を持つカップルが多数存在し、性的満足度の年齢相関は一定ではない要出典。性生活の加齢変動を踏まえつつ、薬物療法・カップル療法・自助グループ等を活用して、生涯にわたる性的活動を継続するカップルの存在は、現代の性科学の重要な観察対象となっている。

関係維持の戦略

長期カップルの性生活を維持するための戦略は、複数の研究で実証的に検証されている。代表的なものに、(1) 性的自己開示を継続する、(2) 二人だけの時間と空間を意識的に確保する(子供の不在時、旅行先等)、(3) 関係の節目で性的経験の更新を図る(新しい場所・行為・道具の導入等)、(4) 加齢・疾病による身体的変化に医療的に対処する、(5) 性以外のスキンシップ(抱擁・キス・撫触等)を継続する、などがある。

カップル療法の領域では、ジョン・ゴットマン(John Gottman)の「友好性比率」研究、エミリー・ナゴスキ(Emily Nagoski)の「アクセル・ブレーキ・モデル」など、長期カップルの性生活を支える具体的概念枠組が蓄積されている。

関連項目

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参考文献

  1. Michael, Robert T. ほか 『Sex in America: A Definitive Survey』 Little, Brown (1994)
  2. ジェクス株式会社 『ジャパン・セックス・サーベイ』 (2020) https://www.jex-japan.com/sexsurvey2020/
  3. Perel, Esther 『Mating in Captivity: Unlocking Erotic Intelligence』 Harper (2006)
  4. 永幡嘉之 『夫婦のセックス再生』 祥伝社 (2018)

別名

  • カップル性生活
  • 夫婦のセックス
  • couple sexuality
  • long-term sexual relationships
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