「年を取ればセックスへの関心はなくなる」という俗説が広く流通しているが、これは統計的事実とは大きく乖離している。高齢者の性生活を調査した複数の疫学研究では、70〜80代においても相当数の人が性的関心・性的活動を継続していることが示されている。加齢は性欲・性機能に変化をもたらすが、消滅させるものではない。
男性のホルモン変化と性欲
男性のテストステロン(T値)は20〜30代をピークとして、40代以降に年率約1〜2%の緩やかな低下が続く。これは生理的な変化であり、「男性更年期(LOH症候群)」として医療的注目を集めている。
テストステロン低下は性欲(リビドー)の低下、朝勃ちの減少、勃起までの時間の延長、射精量の減少などと関連する。ただし低下の程度には個人差が大きく、80代でもテストステロン値が若年男性並みに保たれている人もいる。性生活の継続(定期的な性的活動)が、テストステロン値の維持に寄与するという観察的データもある。
加齢に伴って勃起障害(ED)のリスクは上昇する。血管・神経の変化が主要因で、70代男性ではEDの有病率が50%以上とする報告もある。しかしEDがあってもキスや抱擁・オーラルセックスなど挿入を含まない性的親密さは継続でき、パートナーとの満足度は性行為の形式よりも親密さの質に依存する面が大きい。
女性のホルモン変化と性欲
女性は閉経(平均51〜52歳、日本人では約50歳)という明確な転換点を経験し、エストロゲンが急激に低下する。これに伴う性的変化として、膣潤滑の低下・膣粘膜の萎縮(萎縮性膣炎)・外陰部の乾燥・性交痛の増加が典型的に生じる。
これらの身体変化が性的欲求そのものを低下させるかについては、「身体的不快さがセックスへの回避を引き起こす→結果として性欲も下がる」という間接的経路が大きいとする見方が有力である。つまりエストロゲン低下が直接性欲を消すのではなく、性的不快感・疼痛が回避行動を促し、性的関心も二次的に低下するというモデルである。
テストステロンは女性でも卵巣・副腎から産生されており、閉経後は卵巣機能低下によりテストステロンも低下する。女性の性欲へのテストステロンの影響は男性より複雑だが、テストステロン補充が閉経後女性の性欲・性的満足度を改善するとする複数のランダム化試験がある。
「枯れ」という概念
日本語の「枯れた」「枯れていく」は、高齢者が性的欲求・関心を失った状態を指す俗語として使われる。「枯れ専(かれせん)」は老齢の男性に性的魅力を感じる若い女性を指すスラングで、その語源にもこの「枯れた男性」という語感がある。
「枯れ」はしばしばポジティブに「雑念がなく落ち着いている」「性欲に振り回されない境地」として語られるが、加齢による性欲の消失を美化・正当化する文脈で使われる場合もある。実際には「枯れた」と自認する高齢男性でも、夜間勃起は維持されているケースが多く、「枯れ」はホルモン的事実というよりも社会的・心理的な適応ラベルとしての意味合いが大きい。
高齢者の性活動の実態
アメリカの「全国社会生活・健康・高齢化プロジェクト(NSHAP)」(2007年)では、57〜64歳の73%、65〜74歳の53%、75〜85歳の26%が「性的に活発」と報告した。日本では2006年の調査(厚生労働省研究班)で60代男性の約50%、70代男性の約25%が月に1回以上の性的活動を報告した。
性的活動の継続には、パートナーの存在・健康状態・精神的wellbeing・関係満足度が強く影響する。配偶者と死別した高齢者は性的活動が急減する一方、新たなパートナーを得た高齢者では活動が復活するケースも多い。
最終更新
別名
- 加齢と性欲
- aging and libido
- 性欲の変化
- 更年期と性欲