買い物袋を提げたまま、いつもなら通り過ぎる路地に立ち止まる。連絡先を渡されてから一週間、消そうと思って消せないメッセージ画面を開いては閉じる。指輪は外していない。それでも次の駅で降りようと考えている自分がいる。罪悪感と興奮が同じ体温で混ざる時間こそ、このジャンルが画面に残そうとしているものだ。
不倫もの(ふりんもの)は、配偶者を持つ人物の婚外性的関係を主題に据えるアダルトビデオのシチュエーションジャンルである。本項では人妻・熟女系との重なり、寝取られ・寝取らせとの境界、罪悪感を快楽に変換する構造、ジャンル内の派生形態を扱う。
概要
不倫ものは、結婚あるいは長期パートナーシップという社会的関係を持つ人物が、その関係の外で性的接触を持つ状況を中心に据えるジャンルである。「結婚指輪を外していない」「家庭が画面外に存在する」「行為の最中も配偶者からの連絡が来る」といった、既婚状態の物理的・心理的プレゼンスが画面の中心に置かれる。
主人公は人妻主体の作品が圧倒的に多く、年齢は 20 代後半から 50 代まで幅広い。「夫の同僚」「近所の男性」「再会した同級生」「子供の塾の先生」「単身赴任先で出会った人物」といった、家庭の周縁にいる「外部の他者」が相手役として登場する定型を持つ。
ジャンル構成
不倫の三段階構造
不倫ものの作劇は、(1) 接近の段階、(2) 越境の段階、(3) 継続あるいは破綻の段階、の三段階構造で組まれることが多い。
接近の段階では、家庭の倦怠・夫との関係の冷え込み・新しい相手との偶然の再会といった「動機の準備」が描かれる。買い物先での偶然、同窓会、PTA 役員、近所付き合い、こうした日常の延長で外部の他者と接点ができていく時系列が、丁寧に描かれる作品ほど評価される。
越境の段階では、「一線を越える」瞬間が画面の最大の山場として用意される。外したくない指輪を外せないまま、家庭の電話が画面外で鳴っている、写真立ての夫の顔が背景に映る、といった「家庭の存在を画面に呼び込む」演出が、罪悪感を視覚化する装置として機能する。
継続/破綻の段階では、不倫関係が継続する展開と、家庭への帰還で終わる展開、夫にバレて修羅場になる展開、こうした複数のエンディングが選択される。観客の嗜好により好まれる結末が異なり、メーカー側はジャンル内のサブタイプを意識して企画を組む。
撮影の舞台
不倫ものの定番舞台は、(1) ラブホテル、(2) 相手の家・アパート、(3) 主人公の自宅(夫不在時)、(4) ホテル(出張先)、(5) 公衆便所・コインランドリー・神社の境内・路上等の露出系である。
ラブホテルは「家庭でも相手の家でもない第三の空間」として、不倫専用の象徴的舞台となる。長時間滞在・休憩利用・連泊といった違いが、関係の深さを暗示する。コインパーキングのチケット、ホテルのキー、領収書をすぐ処分する動作、こうした「証拠隠滅」のディテールが、画面のリアリティを支える。
隣接ジャンルとの境界
寝取られ・寝取らせとの境界
寝取られ(NTR)は、配偶者の不倫を「もう一方の配偶者(被害者)の視点」から描くジャンルであり、嫉妬・喪失・取り返せない悲嘆を主たる快楽源とする。寝取らせは、配偶者の婚外関係を「もう一方の配偶者(積極的に差し出す側)」が能動的に促進するジャンルである。
不倫ものは、これら二者の中間に位置するジャンルといえる。「行為に関与しているのは不倫当事者の二人」「配偶者は画面外の存在として機能する」「視点は不倫当事者(主に妻側)に置かれる」という構造で、寝取られのような配偶者視点の悲嘆も、寝取らせのような配偶者視点の差し出しも、画面の前面には出ない。
人妻・熟女との重なり
人妻・熟女 AV と不倫ものは、ほぼ同義的に流通する商品ジャンルである。「人妻が」「熟女が」と紹介される作品の大半が、状況設定として不倫を含み、逆に「不倫もの」と銘打つ作品の主人公はほぼ全て人妻・熟女である。
ジャンル分類の便宜上は、出演者属性軸(人妻・熟女)が中心に置かれた作品か、状況設定軸(不倫)が中心に置かれた作品かで区別される。実商品としては両軸が並列タグ付けされ、観客側もどちらか好みの軸で検索する。
出張もの・スワッピングものとの関係
出張の設定は、不倫ものの正当化装置(家庭から物理的に離れる口実)としてしばしば併用される。出張先の同僚との関係、取引先の担当者との関係、同行した上司との関係、いずれも出張という状況下で不倫が成立しやすい構造を持つ。
スワッピング(夫婦交換)は、配偶者の合意・参加を前提とする点で、不倫(配偶者を裏切る)とは本質的に対立する。両者は性行為の表面的形態は似ても、観客側の心理的快楽源は別系統に属する。
罪悪感の快楽
二重生活
不倫ものの観客側の主たる楽しみは、「禁忌を踏み越える」過程の心理的緊張にある。家庭的役割・社会的役割を維持したまま、その外部で別の身体的関係を持つ「二重生活」のスリルが、ジャンルの構造的駆動力となる。
「家には帰らなければならない」「夫からの電話に出なければならない」「子供の迎えに行かなければならない」といった、家庭の責務が画面に呼び込まれることで、不倫関係の有限性・隠匿性が強調される。「次に会えるのはいつだろう」「これが最後かもしれない」という時間制限の感覚が、関係の濃度を高める。
罪悪感のフィクション化
不倫ものは、「実際にやれば社会的に問題になる行為」をフィクションの中で安全に体験する装置である。観客は画面の中の不倫を見ることで、自分自身の社会的役割を侵害せずに、不倫的状況の心理的快楽だけを獲得できる。「夫を裏切る妻」を見る快楽、「妻として振る舞う中での裏側の女性性」を見る快楽、いずれもフィクションだからこそ消費可能なものである。
この種の代理体験性は、不倫ものに限らず多くの AV ジャンルが共有する特性であるが、不倫ものは特に「日常の延長線上にある背徳」として観客に近接して感じられる、社会的緊張感の高いジャンルである。
文化的言及
文学・映画的系譜
不倫モチーフは AV 以前に、ロマンポルノ・ピンク映画・官能小説で長い系譜を持つ。日活ロマンポルノの 1970-80 年代作品には、人妻不倫の物語型が多数存在し、AV ジャンルとしての不倫ものは、この映画的系譜を商業 AV のフォーマットで継承した位置にある。
文学的には、谷崎潤一郎『鍵』(1956)、川端康成『眠れる美女』(1961)、三島由紀夫『美徳のよろめき』(1957)等、戦後文学に「中年人妻の不倫」を扱う系譜があり、AV 不倫ものはこうした文学的伝統の大衆消費版とも位置付けられる。
近年の AV における位置
2000 年代以降の人妻 AV ブームと並走して、不倫ものは AV 産業の安定した主流ジャンルとなった。MADONNA(人妻専門レーベル)を筆頭に、人妻専門レーベルは不倫設定を中心テーマに据えており、ジャンルとしての成熟と定着が進んでいる。
寝取られ系の流行(2010 年代以降)とともに、不倫ものは「夫視点」「妻視点」「相手の男性視点」など、視点別の派生作品が並行展開する多軸ジャンルとして発達した。
関連項目
最終更新
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参考文献
- 『アダルトビデオ革命史』 幻冬舎 (2009)
- 『性風俗産業の社会学』 勁草書房 (2017)
- 『AV女優の社会学』 青土社 (2013)
別名
- 不倫シリーズ
- 浮気もの
- W不倫