社長室の重い扉、応接ソファの革張り、デスクの奥に座る上司の手元。その机の隣に立つ秘書は、書類を渡すために身体をかがめ、立ち去る前に一拍だけ視線が止まる。書類仕事と性的緊張が地続きで進行する空間こそ、このジャンルが繰り返し撮影してきた密室である。
秘書もの(ひしょもの)は、社長・役員・上司付きの個人秘書を主役に据えるアダルトビデオのシチュエーションジャンルである。本項では権力者の脇に立つ女性の構造、スーツ・眼鏡等の衣装記号、社長室の密室性、ジャンル内の派生形態を扱う。
概要
秘書ものは、職業設定型 AV ジャンルの中で「組織上層部に近接する女性」を主役に据える特殊なポジションを持つ。一般的なOL ものが職場の中堅・若手社員を扱うのに対し、秘書ものは「社長・役員専属」「特定上位者の右腕」という、組織内で特殊なポジションを占める女性キャラクターを軸に物語を組む。
主人公の年齢設定は 25-35 歳が中心で、業務経験を重ねた中堅クラスのキャリア女性として描かれる。新人秘書の採用面接・適性テスト型の作品もあるが、ジャンルの主流は「すでに社長付き秘書として勤務している」女性の物語である。
衣装記号
スーツ + 眼鏡
秘書ものの中心的衣装は、(1) ジャケット + ブラウス + タイトスカート + ストッキング + ヒールのフォーマルスーツ、(2) 眼鏡(知的さの記号)、(3) 髪をまとめたスタイル、(4) パールのアクセサリー、という組み合わせである。
特に眼鏡は秘書もののジャンル記号として強い識別力を持つ。「眼鏡を外した瞬間に印象が変わる」「行為の前に眼鏡を外す」といった眼鏡の脱衣・着用が、ジャンルの定型シーンとして組まれる。眼鏡フェチ(メガネっ娘)の観客層と秘書もの観客層は、ある程度重なる関係にある。
髪型・アクセサリー
髪型は、後ろでまとめたシニヨン、ハーフアップ、ショートボブといった「業務上控えめ」なスタイルが定番である。行為途中で髪をほどく動作が、職業上の役割から個人的な身体性への転換を視覚化する装置として用いられる。
パール、シンプルな腕時計、控えめなネックレスといったアクセサリーは、「品格のある職業女性」の記号として補助的に用いられる。
物語構造
社長室の密室
秘書ものの主舞台は、社長室・役員室といった「組織内の上位空間」である。重い扉、革張りの椅子、応接ソファ、書架、執務机、こうした道具立てが、組織のヒエラルキーの最上層を視覚化する。
社長室は、(1) 社員の出入りが限定される、(2) 一般社員の業務空間とは隔絶されている、(3) 防音性が高い、(4) 上位者と秘書だけが日常的に出入りする、といった構造的特徴により、AV の文脈で「密室」として機能する。書類仕事の延長で、社長と秘書の二人だけが残される時間が常態化することが、ジャンルの物語上の前提となる。
業務上の口実
秘書もの作品では、(1) 残業中の打ち合わせ、(2) 出張先のホテル、(3) 取引先への接待、(4) 社用車での移動、(5) 自宅まで送る・送られる、(6) 社長秘書としての出張同行、こうした業務上の正当な口実で二人だけになる場面が定型化している。
出張ものとの重なりが特に強く、「秘書として社長と二人で出張」する設定の作品は、両ジャンルのクロスとして頻出する。社長 = 上司との一対一の長時間滞在を、秘書という業務上の同行責任で正当化する構造である。
権力関係の相対化
秘書もの作品では、表面的には社長 > 秘書という権力勾配があるが、密室では「社長の弱さ」「家庭での社長の私的な悩み」「秘書だけが知っている裏側」が画面に出ることで、権力関係が一時的に相対化される。
社長の妻に対する不満、ビジネス上の重圧、孤独、こうした権力者側の私的領域に秘書が踏み込んでいく構造が、ジャンルの心理的駆動力となる。「会社では上下関係、密室では対等あるいは秘書側が優位」という権力関係の流動化が、ジャンルの構造的快楽の核心である。
派生サブジャンル
男性秘書もの・ハーレムもの
秘書ものの派生として、複数の女性秘書が一人の社長に仕える「ハーレム」型作品もある。第一秘書・第二秘書・新人秘書・専属秘書といった役職階層を組み込み、複数キャラクターのアンサンブルとしての物語が展開される。
ハーレムもの・企画ものの派生として、秘書たちが社長を取り囲む構図が画面に並ぶ。ジャンル内では特別企画作品として組まれることが多い。
役員秘書・派遣秘書
社長以外の役員(専務・常務・監査役)に仕える秘書、派遣会社から派遣された期間限定秘書、こうした派生キャラクター設定もある。派遣秘書ものは、雇用の不安定さを「職務上の弱者性」として演出に組み込むことができ、ジャンルの倫理的トーンが分かれる要素となる。
政治家秘書
民間企業の社長秘書から派生して、政治家秘書を扱う作品もある。議員会館、選挙事務所、地元事務所、後援会といった政治家特有の舞台と、政治的スキャンダルというモチーフが、秘書もののバリエーションとして組まれる。
受容心理
権力との近接
秘書もののジャンル的快楽の中核は、「社会的権力に近接する女性」というポジションへの観客側の関心である。社長という組織上層部の人物に日常的に接し、その私的領域にまで入り込む唯一の女性、という設定が、観客に「特権的な近接」のイメージを供給する。
観客は、社長視点(秘書を独占できる権力者)、秘書視点(権力者の脇に立つ女性)、第三者視点(社長と秘書の関係を覗き見る)、複数の視点で物語を読み込む余地を持つ。一作品で複数の視点的快楽を同時に提供できる構造的厚みが、ジャンルの安定的人気を支えている。
スーツフェチ・眼鏡フェチ
衣装記号としてのスーツ・眼鏡は、フォーマル衣装フェチ・スーツフェチ・眼鏡フェチの観客層を直接吸引する。OL もの・女教師もの・CA もの等の他のスーツ系職業ものと並列のフェチ嗜好を共有しつつ、秘書ものは「眼鏡」「知性」「品格」というニュアンスを加味した派生として位置付けられる。
業務と性的役割の二重性
秘書ものは、業務上の役割と性的役割の落差・併存を画面に持ち込む。「書類を整理しながら」「社長のスケジュールを確認しながら」「電話に出ながら」といった、業務行為と性的行為が並行する構成が、ジャンル内の特徴的な作劇である。社会的役割を維持したまま身体的役割を演じる、二重性の演出が、知的職業ものとしての秘書ものの独自性を構成する。
関連項目
最終更新
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参考文献
- 『アダルトビデオ革命史』 幻冬舎 (2009)
- 『性風俗産業の社会学』 勁草書房 (2017)
- 『AV女優の社会学』 青土社 (2013)
別名
- 秘書シリーズ
- 社長秘書
- 役員秘書もの