水鳥が水面に首を差し入れる、その短い仕草。江戸の艶本はこの動作を、男が腰を低く屈めて女に挿入する所作に重ね、鴨の入首(かものいりくび)と呼んだ。動物の所作を性交体位に擬える江戸期の命名感覚を典型的に示す例で、四十八手のなかでも風雅な命名のひとつに数えられる。
鴨の入首とは、四十八手に列せられる体位のひとつで、挿入側が深く屈んだ姿勢から、女性の腰へ斜めに首を突き出すように挿入する形態を指す。命名は水鳥の鴨が水中に頭を入れて餌を漁る所作を写したもので、男性側の屈み込んだ上体と挿入時の前傾姿勢を、鴨の長い首の動きに重ねた風雅な比喩である。後背位と側位の中間に位置する変則的派生形態として、艶本図譜に収録されてきた。
語源
「鴨の入首」は、水鳥のなかでも頸の長いマガモ・カルガモが、水面に頭部を突っ込んで採食する所作を写した命名である。江戸期の艶本における動物名命名の系統は複数あり、犬・蛙・猫・蛸など哺乳類・両生類の交尾姿に体位を擬える系列と、鴨・燕・鶴など鳥類の所作に体位の動きを擬える系列とに大別される。鴨の入首は後者の典型である。
「入首」(いりくび)は本来、首を差し入れる動作を指す名詞である。建築用語では、組物において木材を差し入れる継ぎ手を「入首」と呼ぶ用例があり、江戸期の語感としては「入れ込む」「差し入れる」動作の総称として広く流通していた要出典。性交体位の命名としては、男性器の挿入動作と男性側の前傾動作の双方を「首を入れる」一語で捉える二重比喩の操作が含まれている。
『恋のむつごと四十八手』(菱川師宣、1670 年代)の系統に連なる艶本に同名の項目が現れ、後の渓斎英泉『枕文庫』、歌川国貞『艶紫娯拾餘帖』などにも引き継がれている。命名の発案者は不詳で、四十八手の整備過程で複数の絵師・戯作者の手を経て定着したと考えられている。
動作
鴨の入首の基本姿勢は、女性が横向きまたは斜め後背に身を倒し、男性が女性の臀部の側面または背側に膝立ちで腰を入れる形を取る。男性は上体を女性の背中へ深く屈め、自身の頭部を女性の肩越しに前方へ突き出すように姿勢を整える。挿入の方向は、女性の腰の側面から斜め上に向かう独特の角度を取り、これが命名の「斜めに首を差し入れる」感覚を成立させる。
女性の脚の配置は艶本によって揺れがあり、両脚を揃えて横臥する型と、上側の脚を立てて挿入を受け入れやすくする型の二通りが描かれている。前者は側位に近い形となり、後者は松葉崩しに近い半側位として成立する。男性側の前傾の深さによって、両者の境界は連続的に変化する。
挿入角度は斜め上方向となり、亀頭は膣の側壁・前壁を斜めに擦る形となる。これは正面からの後背位(犬かけ位系統)とも、対面正常位(正常位)とも異なる、第三の摩擦軸を作り出す。江戸艶本の解説文においては「斜めに当たりて常になき味わひ」「鴨の啄ばむごとく深からず浅からず」といった形容が散見され、刺激の角度的特殊性が経験的に認識されていたことがうかがえる。
古典文献での扱い
鴨の入首は、四十八手図譜のなかで中盤に配置されることが多い。図像は通例、男性が女性の身体の上に深く屈み込んだ横向きの構図で描かれ、男性の長い髷と肩のラインが鴨の首の曲線を視覚的に喚起するように描写される。歌麿系統の艶本では、女性の表情が男性の脇から覗く構図が好まれ、男女の顔の距離の近さが「首を差し入れる」命名と呼応する。
『枕文庫』の鴨の入首の項には、「鴨の水を漁りて頭を入るがごとく、男の上より腰をひねりて入れたまふ姿なり」という詞書が添えられているとされる要出典。動物の所作と人間の体位とを直接的に重ねる戯謔的命名の典型例として、四十八手研究においてしばしば引用される。
受容心理
鴨の入首が呼ぶ心理は、後背位の動物的本能性と、対面位の親密性との中間に位置する。男性は女性の背側に位置するため視線は交わりにくいが、男性側の前傾によって顔は女性の頬・耳・首筋に近づき、対面位に匹敵する距離感が生まれる。視線交換と非対面の構図が同時に成立する珍しい体位であり、艶本の解説文においても「親しき者の戯れ」として位置づけられている。
身体的には、女性の首筋・うなじ・耳元への接触が容易であるため、口づけや囁きが挿入と並行して可能となる。挿入側はやや無理な前傾姿勢を強いられるため、長時間の維持は難しく、艶本においても短い律動の合間の風情ある所作として描かれる傾向がある。
現代の AV ・同人作品で「鴨の入首」の名称が用いられる頻度は低い。代わりに「斜め後ろから挿入して耳を舐める」「肩越しに口づけする後背位」など、所作の組み合わせとして同様の構図が再現される。和風シチュエーション・時代物作品では、四十八手リバイバルの文脈で原名が引用される事例も散見される。
派生形態
鴨の入首の近接体位として、次の形態が挙げられる。
- 松葉崩し: 半側位、女性の片脚を持ち上げる対面ないし斜面型
- 側位: 両者ともに横臥する標準形
- 犬かけ位: 真後ろからの直立後背位、視線・接触の距離が遠い
- 燕返し: 同じく鳥名の四十八手、女性が体を翻す急激な姿勢遷移を含む
これらは姿勢の角度・接触面・命名の比喩源によって性格が分かれるが、鴨の入首は「斜めの挿入軸」と「動物の所作の比喩」を結合した点で固有の位置を占める。
文化的言及
鴨の入首の命名は、江戸期の艶本における動物比喩命名の風雅な側面を象徴する事例である。犬・蛙など即物的な交尾姿の比喩(犬かけ位、蛙はり)と並び、鴨・鶴・燕など鳥類の所作を借りる比喩は、姿勢の動的特徴を一語で捉える文芸的命名の例として四十八手研究で重視される。
白倉敬彦『春画の色恋』は、鴨の入首を「江戸艶本の命名における自然観察の繊細さ」を示す体位として位置づけている要出典。水鳥の生態を日常的に観察する江戸の都市住民が、その視覚的記憶を性交体位の命名に持ち込んだ感覚は、農村文化と都市文化が混在する江戸期の文化生態を物語る。明治以降に四十八手の名称体系が縁辺化したのちも、鴨の入首のような風雅な命名は古書蒐集家・春画研究者の間で語り継がれてきた。
関連項目
最終更新
参考文献
- 『恋のむつごと四十八手』 (1670年代)
- 『閨中紀聞・枕文庫』 (1822-1832)
- 『春画の色恋 江戸のむつごと「四十八手」の世界』 講談社学術文庫 (2015)
- 『四十八手 江戸庶民の性愛文化』 角川ソフィア文庫 (2018)
別名
- 鴨入首
- 鴨の入り首
- duck-neck position