仰向けの女が両足を高々と抱え、男がその間に肩を入れて深く屈み込む。両者の姿勢が、平安期の絵巻に描かれる御所車を牛が引く構図に重なる。優雅な王朝の乗り物の名を、江戸の艶本師は性交体位に転用して御所車(ごしょぐるま)と名付けた。屈曲正常位の系統に属する派生体位として、四十八手の中盤に位置を占める。
御所車とは、四十八手に列せられる体位のひとつで、女性が仰向けに横たわった姿勢から両足を抱え上げ、男性がその間に深く入り込んで挿入する形態を指す。命名は、平安朝以降の貴族が用いた牛車「御所車」の構図(輪を支える車軸の前後に、引く牛と乗る人とが配置される)を性交時の身体配置に重ねた風雅な比喩である。屈曲正常位の派生形態のひとつとして、艶本図譜に収録されてきた。
語源
「御所車」は本来、平安・鎌倉期の貴族階級が用いた牛車の一種で、皇族・公卿の所有する豪華な装飾を施した乗り物を指す。源氏物語絵巻・平家物語絵巻などの絵巻物に頻出するモチーフであり、江戸期の絵画教育においても古典的な絵柄として継承されていた。江戸町人が古典文学・古典絵画を享受する際の象徴的イメージのひとつである。
四十八手における御所車の命名は、二つの解釈がある。第一に、女性が両足を高く抱え上げる姿勢が、牛車の二輪を回転させる構図に重なるとする説。両膝が車輪のように左右に張り出し、骨盤がその中心軸を作る視覚的類似である。第二に、男性が女性に深く屈み込む姿勢が、牛車を引く牛の構図に重なるとする説。男性の前傾と女性の仰臥が、引かれる側と引く側の関係性を視覚化するという比喩である。
江戸艶本においては両解釈が併存しており、絵師ごとに図像表現に差異がある。命名の発案者は不詳で、菱川師宣以降の艶本制作の連続のなかで定着したと考えられている要出典。古典文化への言及を含む風雅な命名として、四十八手の文芸的側面を象徴する体位のひとつである。
動作
御所車の基本姿勢は、女性が仰向けで両膝を曲げ、両手で自身の太腿または膝裏を抱え込む形を取る。両足は天井方向に向けられ、骨盤は床から少し浮く程度に屈曲する。男性は女性の両脚の間に膝立ちで入り、上体を女性の身体に深く重ねる前傾姿勢を取る。男性の肩は女性の両膝の間に挟まれ、両者の顔は急接近する。
挿入は屈曲した骨盤に対して行われるため、膣道は短縮し、亀頭は子宮口・後円蓋に直接当たる方向に整列する。深い挿入が容易で、女性側のGスポット・ポルチオへの刺激が起きやすい。男性側は前傾姿勢で女性に体重を一部預ける形となり、自身の腰の角度のみで律動を作る。
両者の顔が密着する距離となるため、口づけ・耳元の囁き・頬の擦り合わせが容易となる。屈曲位特有の身体的窮屈さの一方で、対面位としての親密さが極端に高まる構図であり、四十八手の屈曲位群のなかでも親密性に振った変種として位置づけられる。
派生と隣接体位
御所車は正常位から屈曲位・まんぐり返しへ至る連続体のなかに位置する。標準的な正常位を起点として、女性側の屈曲が深まるにつれて、屈曲正常位、御所車、まんぐり返しの順で姿勢が変化する。御所車は屈曲が中等度で、骨盤がまだ床に近い位置を保つ点で、極端な逆さ屈曲となるまんぐり返しと区別される。
近接体位として観音開きがあるが、これは両脚を左右に大きく開く開脚軸を主とする体位であり、両脚を抱え込む屈曲軸を主とする御所車とは運動学的に区別される。両者の中間形として、両脚を屈曲させつつ左右にも開く「屈曲開脚型」が艶本に描かれることがあり、これは御所車と観音開きの混合変種と見ることができる。
古典文献での扱い
御所車の図譜は、四十八手系の艶本のなかで頻出するモチーフのひとつである。図像は通例、女性が両膝を抱え男性が深く屈み込んだ正面構図で描かれ、男性の腰のラインと女性の両膝のラインが牛車の車軸と車輪を喚起するように構図化される。屈曲した両脚が円形の車輪を作り、男性の引かれる体が牛の姿に見立てられる装飾的構図が、絵師ごとに工夫されている。
詞書には「御所車の輪を立てしごとし」「軸の中に深く入り給ふ」などの古典的表現が見られ、命名の風雅な比喩源が読み手に明示される要出典。喜多川歌麿の艶本では女性の表情・髪・衣装が細密に描かれ、屈曲位の窮屈さよりも親密性が前景化する画法が特徴的である。
受容心理
御所車は、屈曲位の身体的特殊性と対面位の親密性を同時に成立させる体位である。両脚を抱え上げる姿勢は女性の骨盤を完全に挿入側に向けるため、結合部の支配権は男性側に偏る。一方で、両者の顔が至近距離に置かれるため、口づけ・囁き・視線交換による親密性も高まる。支配と親密の二重性が、御所車の独特の心理を形成する。
身体的には、深い挿入による子宮口・後円蓋への刺激が、女性側の強い快感を呼ぶ場合がある。江戸艶本の解説文においても「奥に届きて気を失ふ」「身を縮めて声を上ぐ」など、深部刺激の効果を経験的に記述した表現が見られる。同時に屈曲位特有の身体の窮屈さは、長時間の維持を困難にし、艶本図譜では律動の盛り上がる短時間の場面として描かれる傾向がある。
現代の AV ・成人向け表現においては、「屈曲位」「種付けプレス」「正常位深突き型」など現代語の呼称が機能しているが、和風シチュエーション・時代物作品では原名の御所車が引用される事例がある。古典的な王朝のイメージを性交体位の命名に持ち込む四十八手の風雅な側面を象徴する体位として、現代の四十八手リバイバルの文脈でしばしば紹介される。
派生形態
御所車の近接体位として、以下の形態が挙げられる。
- 屈曲位: 標準的な深屈曲正常位、女性が両膝を胸元に引き寄せる
- まんぐり返し: 極端な屈曲、骨盤を逆さに近く折り畳む
- 松葉崩し: 女性の片脚を高く挙げる側位的派生
- 正常位: 屈曲のない基本対面位
- 観音開き: 開脚軸を主とする両脚展開型
文化的言及
御所車の命名は、江戸艶本の文芸的伝統が古典文学・古典絵画と地続きであったことを示す象徴的事例である。源氏物語絵巻・平家物語絵巻に描かれる王朝風俗のモチーフが、町人文化の艶本のなかで性交体位に転用される操作は、江戸期の文化階層の流動性を物語る要出典。古典的な王朝の乗り物が、町人の戯れの寝床に降りてくる文化的回路は、江戸文化の重層性を示す好例である。
四十八手研究において、御所車は「文芸的・古典的命名」の系統に分類される体位であり、「犬かけ位」「蛙はり」など即物的命名の系統と対比される。同じ艶本のなかに即物・文芸の両系統が併存することが、四十八手の戯謔的多様性の源泉となっている。
関連項目
最終更新
「御所車」の同人作品
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参考文献
- 『閨中紀聞・枕文庫』 (1822-1832)
- 『恋のむつごと四十八手』 (1670年代)
- 『春画の色恋 江戸のむつごと「四十八手」の世界』 講談社学術文庫 (2015)
- 『四十八手 江戸庶民の性愛文化』 角川ソフィア文庫 (2018)
別名
- 御所車位
- 御所ぐるま
- palace cart position