部屋の灯を落としきらず、互いの瞳に薄明かりが映る距離で抱き合う。額が触れ、息が混じり、一方が眉を寄せる微細な変化を相手が読み取る。挿入の前から事後まで、視線は相手の顔を離れない。この、顔と顔とを正対させる接触の構図を、江戸期の艶本は面相位(めんそうい)と呼んだ。視覚を中心に置いた最も古典的な対面体位であり、現代の正常位概念の祖型のひとつである。
面相位とは、男女が互いの顔を向き合わせて結ぶ体位の総称である。江戸期の性典・艶本において四十八手の派生分類に登場し、男性が上で覆い被さる伏臥対面型(現代の正常位)から、男女が横向きに抱き合う側臥対面型までを含む広い概念として用いられた。語源の「面相」は容貌・顔つきを意味する一般語であり、性愛文脈に限定されない。
語源
「面相」は本来、容貌・顔の作りを指す中世以来の和語である。仏典・能楽論などにも頻出する語で、面相を見る、面相が崩れる、といった一般的用法が江戸期まで続いた。これに「位」(体位を意味する性典用語)を付した複合語が面相位である。同時期の艶本には「対面の位」「向かい合いの位」といった同義の言い回しも併存し、面相位はそのうち最も簡潔な呼称として定着した。
[要出典]同義語に「正対位」「対面位」があり、明治以降の医学翻訳書では「ノルマールシュテルング」(独 Normalstellung)、「ミショナリーポジション」(英 missionary position)の訳語として「対面位」が選ばれることが多くなった。これに伴い「面相位」の用語は専門書から後退し、艶本研究・古典文献学の領域に限定されていく。
構造と亜種
面相位の本体は、視線の交差を維持できる距離で結ぶことにある。具体的な姿勢は複数あり、江戸期の図譜では大別して以下の三型が確認できる。
第一に、男性が女性の上に伏臥して結ぶ正常位型。現代の missionary position に相当する。男性は両肘または両手で体重を支え、女性は仰臥して両膝を立てるか、男性の腰に絡める。視線が真上から真下へと垂直に注がれる構図である。第二に、男女がそれぞれ横臥して向き合う側臥対面型。スプーン体位の対面版にあたる。腰の動きは小さく、密着と会話を主眼とする。第三に、座位で向かい合う対面座位。男性が胡座を組んで坐し、女性が膝の上に跨って結ぶ。騎乗位に近接するが、女性が垂直に立つのではなく胸を密着させる点で区別された。
四十八手の体系では、これらの亜種にそれぞれ独立の名称が与えられている場合があるが、艶本の図解では「およそ面相のうちなり」とまとめて分類されることも多い。ジャンル分類の粗さは、面相位という上位カテゴリの汎用性を物語る。
受容と心理
面相位が古典体位として継続的に登場し続けた理由は、視線の交わりが性交の儀礼性を担保する点にある。江戸期の性典類は、性交を単なる生殖・快楽行為ではなく、夫婦・恋人間の感情交換の場として描く規範を備えており、表情の確認は感情の確認と等価であった。面相位はこの規範を最も直截に実装する体位である。
逆に、面相位を避ける文化的圏域も同時に存在した。遊里では後背位・騎乗位を主とする傾向があり、その理由として匿名性・非感情性の確保が挙げられる。遊女と客が顔を見合わせて結ぶことは、商業的取引の枠組みを超えて私的関係を発生させる契機となるため、抑制された。家庭内・恋人間の私的な性愛と、商業的・娯楽的な性愛とで、面相位の選好に差が生じていたといえる。
現代のアダルト作品においても、対面型体位はキャラクターの感情を映す表情演出のために選ばれることが多い。巨乳系では密着が強調され、痴女系では女性側が見下ろす対面座位が選ばれる。古典の面相位の多義性は、現代のジャンル分化にも対応している。
派生形態
- 伏臥型面相位: 男性が上、女性が仰臥。現代の正常位に最も近い。
- 側臥型面相位: 男女ともに横臥。会話・密着重視。
- 対面座位型: 跨座姿勢で結ぶ。胸の密着が強い。
- 立位対面型: 立った状態で結ぶ。亜種として分類される。
文化的言及
『閨中紀聞・枕文庫』(渓斎英泉、1822-1832)は江戸期の代表的性典として、面相位を含む数十の体位を図解する。明治以降の医学翻訳書では、面相位の語は徐々に「対面位」「正常位」に置換され、現代日本語では学術文脈以外で使われることがほとんどない。古語として艶本研究・性愛史研究の領域で残存している。
関連項目
最終更新
参考文献
- 『好色図譜』 江戸期艶本 (18世紀) — 対面型体位の図解
- 『閨中紀聞・枕文庫』 (1822-1832)
- 『日本性愛史』 河出書房新社 (1987)
別名
- 面相
- 対面位
- 顔合わせ位
- missionary face-to-face