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東京ビッグサイトの東館の壁際に、女性たちの長い列ができている。手にしているのは特定のキャラクターの組み合わせを名指したサークルカット、そのカップリングだけを 200 円・500 円の薄い本に閉じ込めるために多くの作家が一年かけて準備をしてきた成果物。女性向け同人は、コミケ全体の半分以上の参加者を恒常的に占有する独立した一市場である。

女性向け同人(じょせいむけどうじん、乙女向け同人、腐女子向け同人)とは、女性消費者を主たる読者層に設定して制作される同人誌同人音声同人ゲーム・グッズ等の総称である。BL(やおい)二次創作を中核に、乙女ゲーム派生作品、男性キャラクターを主役にしたファンアート、女性向けのシチュボ等を包含する。コミケ・スーパーコミックシティ等の同人即売会、女性向けオンリーイベント、BOOTHとらのあな・アニメイト等の委託流通を通じて、独立した一市場を形成している。本項では成立経緯、男性向け同人との市場区分、主要ジャンル、流通構造を扱う。

概要

女性向け同人の中核には、(a) 女性消費者を主たる読者層として明示的に設定する制作姿勢、(b) BLやおいを中心とする男性キャラクター同士の関係性表現、(c) 男性キャラクターの心情・関係性を細密に追求する作品構造、が共通する。当該領域は、男性向け同人とは別の物理的会場・別の頒布チャネル・別のオンライン即売会で展開される独立市場として運用されてきた。

コミケでは、開催日が「女性向け中心日」「男性向け中心日」「企業ブース日」と慣習的に振り分けられる運用が継続している。当該運用は明示的なルールではないが、サークル配置の慣行として広く認知されており、女性向け同人を専門に頒布するサークルは特定日・特定エリアに集中する。スーパーコミックシティ(SCC)・コミティア・コミックライブ・赤ブーブー通信社主催のオンリーイベント等は、女性向け同人を中心とする独立した即売会群として並列発達してきた。

成人向け作品(BLエロ・乙女系エロ・男性キャラクター × 男性キャラクターの性描写)は女性向け同人の重要な一部を占めるが、性描写を含まない一般作品(関係性のみを扱う物語)も同等以上の比重を持つ。男性向け成人向け同人が性描写を作品設計の中核に据える傾向に対し、女性向け同人では関係性・心情・物語を中核に据え、性描写はその一要素として配置される傾向にある。

語源

「女性向け」は同人界隈における自称・他称用語で、1980 年代から徐々に定着した。「乙女向け」は女性向けのうち男女恋愛を主題とする系列(乙女ゲーム派生・少女漫画系)に用いられる派生呼称、「腐女子向け」はBLやおい系列に用いられる派生呼称である。三者は重なりつつ独立した呼称として並列運用される。

「腐女子」(fujoshi)の語は、女性BL愛好者の自称として 2000 年代前半に成立し、当初の自虐的・諧謔的響きから次第に中立的な属性語へと意味変化を遂げた。当該語の英語圏輸出を通じて、fujoshi は国際的サブカル語彙として定着している。

BL(boys’ love)・やおい(「ヤマなし・オチなし・意味なし」の略から派生したとされる業界俗語)は、女性向け同人の主要ジャンルを指す業界呼称である。両者は商業誌系(BL)と同人系(やおい)の起源差で使い分けられる場合があるが、現代の運用では多くの場合互換的に用いられる。

歴史

1970 年代:24 年組と少女漫画の革新

女性向け同人の前史は、1970 年代の少女漫画における 24 年組(竹宮惠子、萩尾望都、大島弓子、山岸凉子、青池保子等)の登場にある。彼女たちは、男性キャラクター同士の関係性・少年愛を主題とする作品を商業少女漫画の枠内で発表し、後のやおいBL文化の重要な源流を形成した。代表作には竹宮惠子『風と木の詩』(1976–1984)、萩尾望都『トーマの心臓』(1974)等がある。

1980 年代:同人即売会と JUNE の系譜

1980 年代、同人即売会の急成長と並行して、女性向け同人サークルが本格的に発達した。1978 年創刊の漫画雑誌『JUNE』(サン出版)は、少年愛・男性キャラクター中心の物語を主題とする商業誌として、後のBLやおいの系譜の一源流を担った。

コミケでは、1980 年代を通じて女性向け二次創作サークルの増加が継続し、『キャプテン翼』『聖闘士星矢』『鎧伝サムライトルーパー』等の少年漫画・少年アニメを原作とするカップリング二次創作が、女性向け同人の中核ジャンルとして成立した。当該系列が「やおい」と呼ばれる慣行が、同時期に同人界隈で定着した。

1990 年代:BL 商業化と同人連動

1990 年代、商業BL誌の創刊が相次ぎ、ビブロス・BLコミックレーベルの設立、新書館・東京漫画社等の参入により、商業BLが独立した出版ジャンルとして確立した。同人界隈の女性向け作家が商業誌へ進出する流路が成立し、同人と商業の往復が女性向け同人の市場規模拡大を支えた。

並行して、ゲーム領域では乙女ゲームの前史が成立した。1994 年のコーエー『アンジェリーク』、1996 年の同社『遙かなる時空の中で』等は、女性プレイヤー向けの恋愛シミュレーションゲームの初期事例として位置づけられる。

2000 年代:腐女子文化の可視化

2000 年代前半、「腐女子」の自称が同人界隈で広く定着し、商業作品との連動・メディア露出を通じて社会的認知度が上昇した。テレビ番組・新聞・雑誌での「腐女子文化」特集が継続的に組まれ、女性向け同人の市場規模・社会的存在感が一般メディアで報じられる状況が成立した。

2005 年前後、Web 連動の同人即売会・オンリーイベント・ファンクラブが女性向け同人の流通基盤を多様化した。スーパーコミックシティ(SCC)、コミックライブ、赤ブーブー通信社主催のオンリーイベント等が、コミケとは独立した女性向け中心の同人即売会として地位を確立した。

2010 年代:オンライン流通とコンテンツ拡張

2010 年代に入ると、BOOTH・とらのあな・アニメイト等の Web 委託・通販プラットフォームが女性向け同人の主要流通経路として急成長した。電子配信・オンデマンド印刷・スマートフォン読書環境の整備により、即売会参加を経ない遠隔流通が市場規模拡大の主要因となった。

同人音声領域では、女性向け乙女ボイス・シチュボが独立カテゴリとして発達した。DLsite の「同人音声(女性向け)」、Pocochaのライブ配信、Ci-en・FANBOX 等のクリエイター支援プラットフォームを通じて、声優・脚本家・作家の継続的支援モデルが成立した。

2020 年代:アニメ化と国際展開

2020 年代以降、BL乙女ゲームの商業作品のアニメ化・国際配信が拡大し、女性向け同人の二次創作対象が国際的に流通する状況が成立した。Crunchyroll・Netflix 等の海外配信プラットフォームを通じたBLアニメの世界展開、女性向け同人の英訳・中国語訳ファンサークルの成立等、国際的拡大が進行している。要出典

主要ジャンル

BL・やおい二次創作

女性向け同人の最大ジャンルは、商業作品(少年漫画・少年アニメ・ゲーム・特撮・スポーツ等)を原作とする男性キャラクター同士のカップリング(pairing)二次創作である。「攻め」「受け」(seme/uke)の役割設定、特定組み合わせ(「○○ × ××」表記)の偏好、各カップリングごとのオンリーイベント開催等、独自の文化規範が確立している。

オリジナル BL

商業作品の二次創作とは独立した、オリジナルのキャラクター・物語によるBL同人作品も継続的に制作される。同人作家の商業BL誌への進出経路として機能するほか、商業誌では扱いにくい主題・表現を扱う独立メディアとしても位置づけられる。

乙女ゲーム派生

乙女ゲーム(『アンジェリーク』『遙かなる時空の中で』『金色のコルダ』『うたの☆プリンスさまっ♪』『刀剣乱舞』等)を原作とする女性向け同人は、当該系列の独立カテゴリを形成している。攻略対象キャラクターと女性主人公の関係を描く作品、攻略対象同士のカップリング作品の双方が並列発達している。

男性キャラクター単独もの

特定の男性キャラクターを単独で扱う作品系列も女性向け同人の重要部分を占める。アイドル・スポーツ選手・ジャニーズ系・俳優等の実在人物を扱うナマモノ系、漫画・アニメ・ゲーム原作のキャラクター単独作品が、各々独立した文化規範のもとで運用される。

女性向けエロ・乙女向け R-18

成人向け女性向け同人は、男性キャラクター同士の性描写を扱うBLエロ、男性キャラクターと女性主人公の性描写を扱う乙女エロ、女性キャラクター同士の性描写を扱う百合系の各領域に並列展開する。男性向け成人向け同人と異なり、性描写は関係性・心情の延長として配置される傾向が強く、関係性の物語的構築が作品評価の中核に置かれる慣行が成立している。

男性向け同人との市場区分

即売会の運営区分

コミケでは女性向け中心日・男性向け中心日の慣習的振り分け、サークル配置の女性向けエリア・男性向けエリアの区分、女性向けジャンルコード(青系)・男性向けジャンルコード(赤系)の区分等、運営レベルでの区分が継続している。当該区分は明示的なルールではなく慣行であり、両者の中間領域・複合作品も少なからず存在する。

流通プラットフォームの区分

DLsite(同人音声(男性向け)/同人音声(女性向け)、漫画(男性向け)/漫画(女性向け))、FANZA、アニメイト・とらのあな等の委託流通も、同様の女性向け/男性向け区分を運用している。配信プラットフォームレベルでの区分が定着しており、検索・絞り込みの軸として機能する。

流通文化規範の差

女性向け同人界隈では、二次創作の文化規範(原作公式への言及配慮、カップリング表記の事前明示、無断転載の規制等)が比較的厳格に運用される傾向にある。男性向け同人と比較して、内輪向け流通・限定的頒布の慣行が強く、Web 公開・無断転載への忌避感が高い文化として整理される 要出典

関連項目

最終更新

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参考文献

  1. 溝口彰子 『BL 進化論──ボーイズラブが社会を動かす』 太田出版 (2015) — BL 文化と女性向け同人の関係
  2. 河島伸子 『コンテンツ産業論──混淆と伝播の日本型モデル』 ミネルヴァ書房 (2009)
  3. 『コミックマーケット 30's ファイル』 コミケット (2005) — コミケにおける女性向け同人の通史
  4. 金田淳子 『腐女子文化の社会学的研究』 青弓社 (2007)

別名

  • 乙女向け同人
  • 腐女子向け同人
  • 女性向け
  • female-oriented doujin
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