仲睦まじく寄り添う鴛鴦(おしどり)の番(つがい)。日本の和歌・絵画における夫婦愛の象徴を、江戸の絵師は閨房の対面座位に重ねた。
鴛鴦の睦合(おしどりのむつみ)とは、四十八手における対面座位の派生体位の一つで、両者が向かい合って座り、抱き合って結合する形態を指す。仲睦まじい鴛鴦の番に見立てた命名で、近世日本の艶本における鳥の意匠を借用した文芸的命名の代表例である。両者の身体が密着し、視線・呼吸・口づけが同時に交わる体位として、江戸艶本における夫婦和合・閨房の親密さの画題として位置づけられた。
概要
鴛鴦の睦合は、両者が向かい合って座位を取り、結合する体位である。挿入側があぐら座位ないし正座姿勢を取り、被挿入側が挿入側の腰の上に向かい合って座って結合する形態が代表的な型となる。両者の上体は近接し、互いに腕を背に回して抱き合う姿勢が基本となる。
茶臼騎乗位が被挿入側の主導性を強調する体位であるのに対し、鴛鴦の睦合は両者の対等な抱擁と密着を強調する点に特徴がある。挿入側と被挿入側の上下関係が体位の構造によって決まらず、両者がほぼ同じ高さに位置し、共に主動・受動の役割を分担できる。視線・呼吸・口づけが容易に交わせる距離が保たれ、密着型の対面座位の典型的な運動学的特徴を持つ。
身体運動上は、両者の腰の前後動・上下動・回転動を組み合わせる。挿入側の腰は座位姿勢のため大きな前後動が困難で、むしろ被挿入側の腰の上下動と回転動が主要な運動軸となる。両者が抱き合うことで、激しい運動よりも密着の維持と緩慢な摩擦が体位の本質を成す。江戸艶本の図譜では、夜の長い交わり、夫婦の親密な睦合の場面に好んで配される画題となった。
語源
「鴛鴦」(おしどり、エンオウ)は、カモ科の鳥類で、雄(鴛、オシ)と雌(鴦、ドリ)が常に番をなして寄り添う習性で知られる。雄の華美な羽色と雌の地味な羽色との対比、両者が常に同じ場所に並ぶ姿は、古来「夫婦愛の象徴」として東アジアの文化圏で親しまれてきた。日本においては万葉集以来、和歌・俳諧・絵画の題材として頻繁に取り上げられ、襖絵・着物・蒔絵・家紋に「鴛鴦文」「向かい鴛鴦」「鴛鴦の番」などの意匠が定着している。
「鴛鴦夫婦」(えんおうふうふ)は、仲睦まじい夫婦を指す古来の慣用句で、漢籍に由来する古典的な譬喩である。江戸期にはこの慣用句が広く流通し、夫婦和合・婚礼祝賀の場面で頻繁に用いられた。婚礼道具・嫁入り道具・寝具の文様として鴛鴦が描かれることも多く、夫婦の睦合を祝福する象徴的意匠として近世日本の生活文化に深く根を下ろしていた。
四十八手における「鴛鴦の睦合」の名は、両者が向かい合って座り抱き合う体位の姿を、寄り添う鴛鴦の番に擬えた命名である。「睦合」(むつみ、むつみあい)は親しく交わる、仲睦まじく付き合うの意で、性愛の文脈においては結合・交合の婉曲表現として機能する。「鴛鴦」と「睦合」の組み合わせは、夫婦和合・閨房の親密さを二重に強調する文芸的命名となっている。
英語圏には対応する単一の語彙はなく、現代の英訳では mandarin ducks’ embrace あるいは oshidori no mutsumi のような訳語・音写が用いられる場合があるが、東アジアの鴛鴦象徴学に強く依拠する語であるため、厳密な対応訳は成立しない要出典。
歴史
江戸艶本における成立
鴛鴦の睦合の名は、江戸期の艶本に断続的に現れる体位名で、対面座位の応用形として位置づけられる。林美一『江戸艶本研究』は、鳥の意匠を借用した体位名群(鴛鴦の睦合、寄せ千鳥、向かい鶴など)が、四十八手の文芸的命名意識の代表例であることを論じている要出典。
江戸艶本の図譜において、鴛鴦の睦合は寝具の上での緩慢な交わりの場面に好んで配された。激情型の対面正常位や、被挿入側の主導性を強調する茶臼騎乗位とは異なる、両者の親密な抱擁の場面として描かれることが多い。歌川国貞・歌川豊国・喜多川歌麿らの艶本には、対面座位で抱き合う構図が頻繁に見られ、これらが鴛鴦の睦合に相当する画題と理解される。
婚礼儀礼との接続
鴛鴦の意匠は、近世日本の婚礼儀礼における夫婦和合祈願の信仰と密接に結びついていた。婚礼道具・寝具・屏風・嫁入り道具に鴛鴦文を配する習俗は、夫婦の睦合を祝福する象徴的演出として一般的だった。
江戸期には、嫁入り道具に春画を含めて持参する習俗が一部地域に存在し(嫁入り絵、たしなみ絵)、こうした婚礼春画では夫婦和合・子孫繁栄を祝福する画題が選好された。鴛鴦の睦合の体位名は、まさにそうした祝福性を体現する命名であり、婚礼儀礼の文脈で艶本に組み込まれた可能性がある。同様の系譜に二見ヶ浦(夫婦岩の意匠を借用)、宝船(七福神の意匠を借用)などの祝福性体位名が並ぶ。
浮世絵師の作例
歌麿の艶本では、鴛鴦の睦合に類する対面座位の抱擁構図が、被挿入側の女性身体の理想化された描写と結びついて多数描かれた。両者の上体が近接し、口づけが交わされる場面、被挿入側の髪が乱れて挿入側の肩に落ちる細部の描写は、歌麿の艶本の代表的な構図類型を成す。
国貞・豊国の艶本では、鴛鴦の睦合は物語的な場面の中に配されることが多く、結合の場面が前後の場面(衣装を脱ぐ、寝具を整える、別れの朝など)と連続する物語形式のなかで描かれた。鴛鴦の睦合の構図は、こうした物語的艶本の親密な場面を視覚化する定型として機能した。
近代以降の縁辺化
明治期以降の出版統制と西洋的性規範の流入のなかで、鴛鴦の睦合の名は古書市場と一部の好事家の領域に縁辺化した。近代の性愛指南書において、鴛鴦の睦合の名が独立に取り上げられることは稀で、四十八手系艶本の総覧的紹介において対面座位応用形として総括的に言及されるのが通例である。
戦後の春画研究の進展のなかで、鴛鴦の睦合は対面座位応用体位の一例として再評価され、白倉敬彦・林美一・永井義男らの仕事を通じ、四十八手命名における鳥意匠借用の文芸的性格が学術的視座から論じられるに至っている。
形態と所作
基本姿勢
挿入側があぐら座位ないし正座姿勢を取り、被挿入側が挿入側の腰の上に向かい合って座って結合する。被挿入側は両膝を寝具につき、挿入側の腰を跨ぐ姿勢が基本型となる。両者の上体は近接し、互いに腕を背に回して抱き合う。両者の頭部はほぼ同じ高さで対面し、視線・呼吸・口づけが直接交わせる距離を保つ。
挿入側のあぐら座位の場合、被挿入側の体重が挿入側の大腿・骨盤に集中するため、長時間の維持は挿入側の脚の疲労に依存する。挿入側が両手を寝具につくか、被挿入側の腰を支えるかにより、安定度は変動する。
結合と運動
結合の運動は、被挿入側の腰の上下動・回転動が主体となる。挿入側の腰は座位姿勢のため大きな前後動が困難で、むしろ被挿入側の腰の動きに合わせて微調整する形となる。両者が抱き合うことで運動の自由度は限定されるが、その代わり密着と摩擦の質感が体位の核心を成す。
両者の腰の運動が同期する場合、両者の身体軸が共に回転し、結合の摩擦が一定のリズムを保つ。これは茶臼騎乗位における被挿入側の主導的運動とは異なり、両者の協働的運動として機能する。
派生形
鴛鴦の睦合の派生として、両者の脚を絡め合う「絡み睦合」、被挿入側の脚を挿入側の腰の後ろに巻く「巻き睦合」、両者が完全に抱擁して密着する「抱き合わせ睦合」など、複数の応用形が艶本に記録されている要出典。これらは対面座位応用体位の総体として、近世日本の艶本文化における座位表象の幅を示す。
受容と意味
鴛鴦の睦合という体位名は、夫婦愛の象徴である鴛鴦の意匠を性愛体位に取り込む江戸艶本の文芸的命名意識の典型例である。鴛鴦という、和歌・絵画・婚礼儀礼の中核的意匠が、艶本における体位の名となる。この意匠の往還は、性を信仰・儀礼・芸能から切り離して特殊な場域に隔離する近代以降の感性とは対照的に、性を婚礼・夫婦和合の祝福のうちに位置づける近世日本の感性を象徴する。
現代の体位分類において鴛鴦の睦合は独立した体位として扱われることは少なく、対面座位の応用ないし派生として理解されるのが通例である。しかし、鴛鴦の睦合の名そのものは江戸文化の遺産として春画研究書・性愛文化史において言及され、四十八手命名における鳥意匠借用・夫婦和合祝福の代表例として参照され続けている。
鴛鴦の意匠そのものは、現代の婚礼儀礼・婚礼引出物・婚礼意匠において継承され続けている。江戸艶本の体位名としての鴛鴦の睦合と、現代の婚礼意匠としての鴛鴦とは、別個の文脈に属する語彙だが、両者をつなぐのは「寄り添う番の鳥」という意匠の象徴性である。性愛の所作と婚礼の祝福とが、同じ意匠の枠組のなかで結ばれていた近世日本の文化的視座を、鴛鴦の睦合の体位名は端的に示している。
関連項目
最終更新
「鴛鴦の睦合」の同人作品(DLsiteランキング)
参考文献
- 『江戸艶本研究』 河出書房新社 (1988-1990)
- 『春画の色恋 江戸のむつごと「四十八手」の世界』 講談社学術文庫 (2018) https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000211799
- 『[カラー版] 春画四十八手』 光文社知恵の森文庫 (2018)
- 『四十八手 江戸庶民の性愛文化』 角川ソフィア文庫 (2018)
別名
- 鴛鴦の睦合い
- おしどりの睦み
- oshidori no mutsumi